第24話 真夏の殺し合い


 例によって、龍斗はとある廃ビルで戦闘を繰り広げていた。


「はっ、こんなに都合よく廃ビルにくるなんて、てめえ廃屋マニアか?」


 切り裂かれた天井の破片が落ちてくる。


「こういう時の為に、街中の廃屋や人通りの少ない場所を調べ尽くしている」


 龍斗は瓦礫をなんなくかわして駆ける。


 敵の名はロー、当然コードネームである、黒門会のカインで今回もまた、紗月を狙ってきたらしい、龍斗の戦闘力と情報網は黒門会にとっても脅威である。


 龍斗がいるかぎり紗月はさらえないうえに、仮に龍斗を出し抜きさらったとしてもすぐに龍斗が取り返しにくるからである。


 そのため、紗月の捕獲と同様に龍斗抹殺も黒門会の最重要任務の一つとなっているのだ。


 しかし龍斗の戦闘力はカイン中最強レベル、今まで一〇人ほどの刺客と戦ってきたがいずれも軽く殺し尽くしてきた。


 だが、今までの敵と違い、このローという男は、ただ強力な攻撃を繰り出すだけではなかった。


 戦い初めてからビル内のあらゆる場所が男の意思で次々に切断されている。


 当初は視界に入る物を切断する能力かと思ったが、戦っているうちに、彼が不可視の刃を操っていることがわかった。


 凡人にはわからなくとも、龍斗の未来予知にも等しい第六感と休む暇のない戦闘生活により培われた洞察力は謎の切断現象が起こる時に生じる微量な空気の流れを感じ取り、さらには気配や敵の目線の動きから、その形状が長い触手であることまでを察知している。


 ただ、厄介なのはそれが複数あるらしいということだ。


 高速の斬撃を浴びせながら、空気の流れが分からぬほどゆっくりと背後へ回り込んだ触手の先端についた刃が襲い掛かってくることもあった。


 真弥のくれた防護服の強度はかなりのモノだが、さすがにカインの異能力までは防ぎ切れないようだ。


 服を貫いた刃が何度も龍斗の皮膚に喰らいつく。


「おいおい、どうしたんだよ? 防戦一方じゃねえか? 早くお前の能力を見せてくれよ」


 嘲笑うような口調と狂気に満ちた声はどこまでも龍斗を不快にさせるが、こういう敵が相手の場合こそ冷静になる必要性がある。龍斗は慌てず敵の情報分析を図る。


「本当に……最高の力だよな」


 細い目をさらに細めて、ローは問わず語りに話し始めた。


「どいつもこいつもムカツク野郎ばかりでよう、本当に世の中腐ってた。親も先公も、大人共は生きてる価値の無えクズばっか、だから今じゃこの力をくれたことを神様に感謝しているのさッ!」いきなり目を剥いてローは饒舌に語りだす。


 人が聞いてもいないのに自分のことを一方的に話したがる、クラスで嫌われるタイプだと、どうでもいい情報が入った。


「殺人衝動はあるのか?」

「あるぜ、三日に一回なッ! でもそんなの関係ねえっ! 夜になったらこの力で片っ端から目についた連中を殺すだけだ! 俺の刃は血に濡れないからな、遠くから殺してその血と周りの連中の反応を見るのが楽しくてたまらねえ、殺人衝動がくるのを待つ理由なんか俺にはねえんだよッ!」


 迫る圧力に、龍斗は反射的に横へ飛んで斬撃の嵐を避けた。


「どうしたよ! さっさとてめえの力を! 異能の力を見せてみろよ! でないとカイン同士で殺し合う意味ねえだろ!?」


 足を取られてバランスを崩したところへ四方から刃が迫る。


「よっしゃ!」


 四本の触手は確実に龍斗を串刺したはずだった。だからローは歓喜の声を上げたのだ。

 なのに龍斗は血を流すことが無かった。


「あん? 今当たったよな? つうか……っかしいな、結構斬ったと思うんだけどなあ」

「今更気付いたのか? 鈍いな」


 ローの刃は何度も龍斗に当たったはずだ。だからこそ一切血を流さない龍斗の姿は威容としか言いようがない。


「カイン特有の能力耐性じゃあ説明がつかねえ、てめえ、何隠してやがる」


 ローの顔が憎悪に歪んだ。


 この男の最高の楽しみこそ他者の血と苦しみの声、そして自分の力で人一人の人生が無くなったという事実への優越感だ。


 だからいくら斬っても血を見せず、悲鳴も上げない龍斗の存在は甚(はなは)だおもしろくないのだろう。


 個人差こそあるものの、カインは全員に能力耐性というものがある。


 カインの肉体強度は戦艦並、ならば戦艦の装甲を貫く攻撃なら傷つけられるということになるが、そもそもカインの異能そのものが戦艦すら鉄屑に変える破壊力を持っている。


 ならばカイン同士の戦いは先に攻撃を当てたほうが高確率で勝利を手にすることになってしまう。


 だがこの能力耐性はカインの異能の力に限定してダメージを軽減させる効果があるため実際にはカイン同士が戦うと何度も自分の力を当てる必要性があり、戦いは長引く。


 だからローも一撃で倒せるとは思っていなかったし、むしろ長く楽しめると今回の龍斗抹殺任務を喜んで引き受けた。


 今思えば自分の触手は龍斗の服を切る感触はあったが肉を斬り裂いた手ごたえはなかった。それでもまったく斬れないというのはいくらなんでもありえない。


「何おまえ、もしかして肉体強化か?」


 眉をひそめて問うローの発想は江口と同じだが、龍斗と戦った者は彼らに限らず、誰もが肉体強化を述べる。


 龍斗の肉体強度に素手の破壊力を見ればそう思うのは当然だろう。


「まあいい、だったら俺の最大戦力で殺してやるから覚悟しなッ!」


 ローの気配が膨張する。雰囲気からして触手の本数が増えたのだろう、気配から察するにその数は二〇や三〇を遥かに超えていそうだ。


 それだけでなく、龍斗の本能が敵の強大さを感じ取る。


 憶測にすぎないが、今までよりも刃の切れ味が良くなっていると予想された。


「コレで串刺しだァあああッ!」


 猛然と猛り狂う刃の軍勢に、龍斗は意を決して受けの姿勢に出た。


「来いッ!」

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