第23話 やっぱりこれが現実
二時間後、流れるプールから一度上がって紗月は息をはきだした。
「なんか喉渇いちゃったね、飲み物買ってくるけど龍斗君は何が良い?」
「ああ、それなら俺が買ってくるよ、何が良い?」
「そお? じゃあオレンジジュース」
了解して、龍斗が売店に向かうと思いのほか空いており、これならすぐに買えると安心するが、人の悲鳴が聞こえたのは龍斗が列に並ぼうとした時であった。
声のほうを向くとどうやら座っていたベンチがいきなり崩れて座っていた女性がお尻を打ったらしい。
だが、問題はその崩れ方であった。まるで鋭利な刃物で切り裂かれたような切り口、いくつもの破片に分かれているということは、一度に何度も切断されたことになる。
周囲の客達は、前もって何者かががベンチに誰かが座ったら壊れるよう、切れ込みでも入れていたのだろうと、その程度にしか感じていないが龍斗は違う。
明らかに自分に向けられた殺気へ目を向ける。
そこにいたのは肩まで伸びた髪を金色に染め、ジャラジャラとアクセサリーをつけた黒い皮製の服とズボンを着た男だった。
人をバカにしたような目で見ながらベロッと出した舌にはリング状のピアスが通っている。
一輝が退いてくれた時に抱いた僅かばかりの希望を捨て去り、やはりこれが現実だと、黒門会を潰さぬ限り平穏な日々は訪れないと確認して、龍斗は紗月の前で被っていた日常の仮面を捨て去った。
怒りを力に、悲しみを刃に変え、鋼が如く冷たい表情に戻った龍斗は金髪の男と同時に姿を消した。
今の彼らの速力では、例え監視カメラに映った所で一筋の影にしか見えないだろう。
移動しながら龍斗は海パンに縫い込んでいた服の破片を取り出して再生を望んだ。
みるみるうちに破片は広がり、龍斗の全身を覆う。
龍斗は今朝、真弥からもらったばかりの防護服を完成させてビル群へと敵を誘い込んだ。
常識の範囲内で考えれば予想できる事態だった。
案の定、紗月は数人の不良達にナンパされてしまっている。
家族と来ていると言っても退いてくれない男達に紗月は当惑する。
当然、相手が超人(カイン)と知らずにナンパしてくる連中など紗月に掛かれば一瞬で倒せるが彼女の性格上、それは無理だろう。
「いいじゃん、どうせ一人なんだろ?」
「いえ、だからその……家族と……」
中々言うことを聞かない紗月の態度に腹を立てた不良の一人が彼女の腕を掴む。
「なんだよ、せっかく声かけてんのに、その水着だってどうせ男の気い引くために着てるんだろ?」
その言葉に紗月の口が大きく開いた。
「これは彼氏に見せるためですっ!」
叫んでから彼氏発言に自分で驚き、これは不良達から逃れるために仕方のないことなのだと自分に言い聞かせながら、つい龍斗が近くにいないか確認してしまう。
「ふーん、彼氏ねえ、でも俺らといたほうが絶対楽し……」
そこまで言って、不良の一人の体が宙にふわりと舞い上がり、そのまま背中から落ちて痛みに苦しみながら床を転がった。
「はいはーい、彼氏さんじょー」
驚いて紗月が見た先には由加里を連れ、指を三本立てたスリーピースとウィンクを自分に向かってする一輝の姿があった。
「なんだてめえ」
目尻を吊り上げる不良達を眺めて一輝が鼻を鳴らす。
「なんだ、どいつもこいつもブサメンとキモメンばっか、紗月ちゃんには俺みたいなイケメンが似合うの、お前らは早く帰って代用女性型人形(ダッチワイフ)の相手でもしていろ」
『はぁ?!』
不良達の声がハモって額に青筋が浮かび上がった。
「てめえこの数に勝てると……」
「思ってるよ」
自信に溢れる表情の下は不良達の中途半端、もしくは気持ち悪い筋肉と違い、龍斗同様に美しく洗練され鍛え込まれた姿態がただならぬ威圧感となって不良達に無言の圧迫を与えた。
「いいぞカズちん、やっちゃえー!」
「はいよ」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる由加里の言葉に合わせて一輝は不良のうち二人の顔面に寸止めの瞬速拳を放ち、不良は情けなく腰を抜かした。
「まだやるか?」
『ヒィッ!』
三人は這いながら、残りは走りながら脱兎の如く逃げ出した。
「まったく、こういうところで一人になっちゃ駄目だよ紗月ちゃん、龍斗の奴は何やっちゃってるわけ?」
一輝の問いに紗月は頭を下げる。
「その前にありがとうございます。龍斗君は飲み物を買いに行ったんですけど、なかなか帰ってこなくて……」
紗月の返答に一輝は指を顎に当てて少し考えてから頼みを入れた。
「じゃあさ、それまでちょっと話してもいいかい? 龍斗が来るまでにまた変なのに絡まれたら大変だろ?」
「えっ、でも……」
「由加里ちゃんもさんせーでーす、さっちんにはクロちゃんのこと色々聞きたかったんだよねー」
二人もカインだが、それでも自分がカインであると知った上で話し掛けてくれる人など龍斗や真弥しかいなかったせいだろう、今回で見逃してくれたのは二回目ということもあり、アベル隊だが、紗月は二人が敵という気がしなかった。
「じゃあ、龍斗君が来るまでの間なら、私も飯島さんと話してみたかったので」
「飯島さんなんてそんな、一輝さんでいいよ」
「はい、一輝さん」
言って、三人はベンチへと向かった。
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