第22話 水着回


 紗月と違う点は、由加里の場合は胸部を隠すブラがサラシでも巻いたような形状をしていることだ。


「クロちゃんデート? ボク達もなんだー、ほらカズちん、早く起きて」


 無理矢理起こされた一輝の第一声はといえば。


「お前が勝手についてきただけじゃねえか、つうかそういう水着は紗月ちゃんくらいのボリュームを身につけてから……」


 鋭い回し蹴りが顔面にクリーンヒット、一輝は鼻を抑えながら苦しんだ。

 その姿に龍斗と紗月は呆れたように見るしかなかった。


「そういえばお前も紗月と同じビキニか……流行っているのか?」

「ニャ?」


 龍斗の問いに由加里の頭上にピキーンと電球が光って見えたのは気のせいだろうが、ともかく由加里はイヒヒと笑って龍斗を指差した。


「残念でーしたー、確かにボクの水着もさっちんの水着もビキニだけど、同じじゃにゃいんだよ」

「えっ、だって上下に分かれているんだからビキニはビキニだろ?」


 まるでどこかの研究所の博士のように人差指を立てて由加里は意気揚揚と説明を始めた。


「わかってにゃいなあ、そもそもビキニっていうのは一九四六年六月に世界でもっとも小さい水着をキャッチコピーに発表されて以来、世界中に広まって今じゃスイムスーツの一大潮流となっている物で、一口にビキニと言っても種類は色々あってホルターネックやチューブトップ、ブイキニと形態はさまざま、さっちんが着ているのはティアドロップ型三角ブラにストリングパンツを合わせたマイクロビキニっていうやつなんだよ」


「っで、お前が着ているのは?」


「ボクが着ているのは今言ったチューブトップっていうビキニで名前のとおり管、リング状のブラに体を通して着るタイプ、もしくはサラシみたいに巻きつけて着るタイプの水着だよ、つまり水着の伸縮性だけで胸に張り付いているわけだから泳ぐと脱げちゃう場合が多かったんだけど、技術の進歩で今じゃボクのチューブトップを含めてほとんどのビキニはいくら泳いでも平気ってわけ、まあ元々ビキニはファッション用で遊泳用じゃないからねー」


「ようするに腹巻型水着だな」


 正直な感想に由加里が唸る。


「にゃー、腹巻言うなー、じゃ、天宮由加里ちゃんはこの狼君を今日一日監視するのに忙しいから、クロちゃん達もデート楽しんでねー」


 長々とビキニの説明をして、由加里は一輝を引きずりながらプールの中に消えていった。


「……なんだったんだ……あいつら……」


 もう溜息すらつかない龍斗の手を紗月が握る。

 見ると紗月が自分を見上げて満開の笑顔を向けている。


「龍斗君、天宮さんと飯島さんもああ言っているし、行こ」

「……そうだな」


 龍斗は今度こそ年相応の表情で紗月と一緒にプールへ向かった。





 二時間後、流れるプールから一度上がって紗月は息をはきだした。


「なんか喉渇いちゃったね、飲み物買ってくるけど龍斗君は何が良い?」

「ああ、それなら俺が買ってくるよ、何が良い?」

「そお? じゃあオレンジジュース」


 了解して、龍斗が売店に向かうと思いのほか空いており、これならすぐに買えると安心するが、人の悲鳴が聞こえたのは龍斗が列に並ぼうとした時であった。


 声のほうを向くとどうやら座っていたベンチがいきなり崩れて座っていた女性がお尻を打ったらしい。


 だが、問題はその崩れ方であった。まるで鋭利な刃物で切り裂かれたような切り口、いくつもの破片に分かれているということは、一度に何度も切断されたことになる。


 周囲の客達は、前もって何者かががベンチに誰かが座ったら壊れるよう、切れ込みでも入れていたのだろうと、その程度にしか感じていないが龍斗は違う。


 明らかに自分に向けられた殺気へ目を向ける。


 そこにいたのは肩まで伸びた髪を金色に染め、ジャラジャラとアクセサリーをつけた黒い皮製の服とズボンを着た男だった。


 人をバカにしたような目で見ながらベロッと出した舌にはリング状のピアスが通っている。


 一輝が退いてくれた時に抱いた僅かばかりの希望を捨て去り、やはりこれが現実だと、黒門会を潰さぬ限り平穏な日々は訪れないと確認して、龍斗は紗月の前で被っていた日常の仮面を捨て去った。


 怒りを力に、悲しみを刃に変え、鋼が如く冷たい表情に戻った龍斗は金髪の男と同時に姿を消した。


 今の彼らの速力では、例え監視カメラに映った所で一筋の影にしか見えないだろう。


 移動しながら龍斗は海パンに縫い込んでいた服の破片を取り出して再生を望んだ。


 みるみるうちに破片は広がり、龍斗の全身を覆う。


 龍斗は今朝、真弥からもらったばかりの防護服を完成させてビル群へと敵を誘い込んだ。

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