第21話 プール
夏同然の暑さ、高い天井に映し出された人工の青空とそれに浮かぶ雲と太陽の映像、その眼下では見渡す限りありとあらゆる種類のプールやウォータースライダーなどのアトラクションが並んでいる。
ここは去年建設されたばかりの温水プール施設、ザブンランド、真弥の最重要任務とはつまり、紗月と一緒にここで遊んでくることだった。
当然、龍斗は断ったが、もしも断るなら今後のバックアップを考えなければならないなどと言われては逆らえなかった。
龍斗が渋々首を縦に振ると真弥はいつのまにか作った龍斗の会員カードと二人の水着を渡して帰ってしまい、現在に至る。
「ったく、なんで俺がこんなことを……だいいち、どうして真弥さんは俺と紗月をくっつけたがるんだ? いつもいつも情報意外にも精力剤とか変な下着とかメイド服とかも持ってくるし、あの人は何を考えて……」
などとぶつくさ文句を呟いていると、背後から着替え終わったであろう紗月の声が聞こえてくる。
「ごめんなさい龍斗君、着替えるのに手間取っちゃった」
「ああ、別に気にしなくて……い……」
振り返った龍斗の心臓を、トラックに跳ね飛ばされたも同然の衝撃が襲いかかる。
龍斗は水着にはあまり詳しくはないが、それが世間でビキニと呼ばれている物だということぐらいは判別できた。
下は両サイドがヒモになっているため腰が完全に露出し、布地の少ないブラのせいで真弥の測定結果Eカップの谷間が顕(あらわ)になってしまっている。
普段、私服や学校の制服であるブレザーの上からでも紗月のスタイルが良いことは知っていたが、こうも扇情的な姿態をまざまざと見せ付けられては流石の龍斗も耐えるのに必死だった。
「あの……変だったかな……」
恥じらいながら感想を求めてくる紗月の姿に、龍斗の頭の中で炸裂弾が爆発し、紅潮しきった顔で握り拳を作って「真弥さんナイスッ!」と心の中で叫んだ。
「いや、ぜっ……全然変じゃないぞ、すごい似合っているぞ」
龍斗の感想に紗月は表情をパッと明るくして「よかった」と嬉しそうに笑ってくれた。
だがそこで龍斗は気付いてしまった。周囲の発情期真っ盛りの野郎共の視線が一斉に紗月に集まっていることに。
紗月に対して自分の彼女という気はないが、それでも連れの水着姿をジロジロ見られて良い気分のする男は滅多にいないだろう。
「紗月、腰紐がほどけないようちゃんと結ばさっているかもう一度確認してくれないか?」
「あっ、うん」
促されるままに腰紐のチェックをするために紗月の視線が下を向いた瞬間、龍斗は悪鬼が如く殺気を全ての男に向けて最大開放した。
気迫のぶつけ合い、格闘技者が試合で当たり前のようにやっていることだが、達人ともなれば相手を睨むだけで戦意を喪失させることも可能となる、龍斗の覇気は達人の数段勝る上に相手を倒すではなく、殺すという明確な殺意の塊りを全ての男達にぶつけたのだ。
「うん、大丈夫だよ龍斗君……あれ、何かあったの?」
自分達に背を向けて震えながら遠ざかる人々に紗月が首を傾げるが龍斗は「さあ」というふうにシラをきった。
「そう、じゃあ龍斗君、今日はたくさん楽しもうね」
本当に楽しそうに笑う紗月の表情に龍斗も、たまにはいいか、と表情の硬さをとって紗月を連れてプールへ歩みを進むが……
「おう、お前らデートか?」
そう言って目の前に立ちふさがったのは赤い競泳用の海パンを履いた飯島(いいじま)一輝(かずき)だった。
殺人衝動を持ったカインの捕縛を目的とするアベル隊に所属する一輝がわざわざ現れるとすれば目的は明白だ。
現に今まで一輝は、紗月を守る龍斗とは何度も刃と拳を交えている。
「やっぱりこれが現実……」
アベル隊(かずき)の存在に、龍斗は溜息を漏らして戦闘体勢に入る。
「ここでやるのはマズイ、場所を変えるぞ」
睨む龍斗に一輝はヘラヘラと笑いながら手を振った。
「おっと、悪いけど今日は非番でね、戦うつもりはねえよ、それにお前周りを見てみろよ」
周囲の女性達の足や尻、胸を見て一輝が叫ぶ。
「青い空、白い雲、そして熱い太陽、この状況で殺し合う気なんて起きないっての、まあ今日は紗月ちゃんの水着姿を見れただけで十分て気もするしな」
「お前にとって何が空で雲で太陽なのかはどうでもいいが、紗月には手をだすな」
自分の後ろに紗月を隠す龍斗相手に一輝はニヤニヤと笑う。
「お前の女を盗る勇気はねえよ、じゃあ俺は休みを満喫させてもらうぜ」
言ってターンし、駆けようとする一輝の足を細い別の足が払い、一輝は派手に転倒した。
細い足の持ち主に龍斗は見覚えがあった。
「天宮?」
「ひっさしぶりだね、クロちゃん、さっちん」
前回、逃亡した紗月を捜索したときに龍斗が出会ったアベル隊の少女、天宮(あまみや)由加里(ゆかり)が一輝と同様に赤い水着をまとって、眩しい白い肌を見せ付けそこに立っていた。
紗月と違う点は、由加里の場合は胸部を隠すブラがサラシでも巻いたような形状をしていることだ。
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