第19話 Eカップ


「ッッ……まっ、真弥さん!?」

「それにさー、せっかく来るたびにこうやって紗月ちゃんの発育具合、調べているんだからそろそろ実践のほうもしようよー」


 言いながら真弥は紗月の服の隙間から両腕を突っ込み、下着の中に手をいれて紗月の胸を直に揉みしだく。


「ひゃあああッ!」


 悲鳴を上げて抵抗する紗月だが殺人衝動がない時は全カイン中最弱なのではと思うぐらいしか腕力が無い上に子供を振りほどくだけの技術も持た無いため、紗月は哀れ年齢不詳のエセ幼女の慰み者になってしまった。


 ちなみにこれは真弥が来ると高確率で発生するイベントである。


「おぉおお! さっすが紗月ちゃん、これもうEいってるよっ! Eカップいっちゃってるよっ!」


 何気なく掴んでいた湯飲みを盛大に握り潰すと、龍斗は湯気が出そうなほど赤面して一度テーブルに伏してから顔を上げて真弥を睨む。


「いい加減セクハラはやめてください!」

「でも、めちゃデカイよ、マジでかいよ、これだけあれば何が出来ると思っているの!」


 これ以上はマズイ、いくら龍斗でも脳内の冷却システムには限界があるのだ。


 真弥が紗月の胸で何ができるのかを具体的に言うのだけはなんとしても止める必要があり、龍斗の顔面は赤いのと目付きが鋭いのとで、本物の赤鬼かと疑うほどに変貌していた。


 この間、常に胸を刺激され続けていた紗月も限界ギリギリのようなので、真弥はすばやく両手を引き抜き、再び箱に手を伸ばした。


「まあまあ、そんなに怒りなさんなっての、若いうちから高血圧で死んじゃうよーってね、さてと、冗談はここまでにするとして……」


 冗談でやるなと心の中で突っ込む龍斗の前に、真弥は何枚かの用紙をテーブルに広げる。


 それを見る龍斗の表情は、情報から最善の策を思案する軍師のように固いものになり、真弥もさっきまでの軽さが若干抜けた気がする。


「ここって製薬会社ですよね?」

「まあね、社会的には小さな一企業なんだけど、裏じゃ黒門会の言いなりで地下の研究所で毎晩カインの研究をしてるってわけ、来月中に別の場所と吸収合併されるから、ここに忍び込むのはあたしの連絡があるまで待ってね、明後日の夜に襲撃して欲しいのはこっち」


 潜入ではなく襲撃という言葉に引っかかりを感じるが、真弥は決して言い間違えたわけではない。


 真弥が表情を改めると一枚の用紙を除いて他の用紙をよける。


 それは黒門会が所有するビルの中でも比較的大きな物の写真で、衛星から撮ったと思われる上空からの全体図だった。


 ビル群の中ではなく、黒門会の財力を見せ付けるように広大な敷地のど真ん中を陣取る会社は想像しただけでも威圧感を感じた。


「明後日このビルにいるカインは確認されているだけでも三人、その上色々と新兵器も満載でね、ビル自体がこんなに大きかったら爆弾で爆破ってわけにも行かないし、ここの警備は厳重だからいくら龍斗くんでも誰にもバレずに侵入するって言うのは無理だね」


「じゃあ、今回はどうやって情報を取るんですか? 紗月を狙っている黒門会の戦力を削るのはいいですけど、肝心の殺人衝動を抑える方法があるかもしれないのに……」


 腕を組んで眉をひそめる龍斗に真弥は得意げに胸を張った。


「ふっふーん、その辺は大丈夫、ようするに今回は陽動みたいな物だから、龍斗くんは全力でこのビルが保有する戦力をカインごと片っ端から潰して、その間に諜報部員を何人か潜入させるから、情報の奪取はそっちに任せて」


「わかりました。それと、やっぱり前の作戦で俺が回収した情報の中には……」


 地図を見ながら真弥は残念そうに唸って椅子の背もたれに体重を預ける。


「うん、残念ながらあの研究所のデータからはカインの殺人衝動を抑える方法のヒントはなかったよ」

「二人と違って殺人衝動があってすいません……」


 龍斗が応えるよりも先に、真弥から受けたダメージを回復させた紗月が謝罪した。


 殺人衝動、龍斗が江口や一輝との会話で少し話したが、これは決して紗月だけのものではない、カインという存在自体が本来持っている当たり前の欲求なのだ。


 カインの特徴は三つ、常軌を逸した身体能力に異能力、そして殺人衝動である。


 殺人衝動が起こる要因はカインごとに異なるが、中には龍斗のようにまったく無い者も存在する。


 そうやって殺人衝動を持たないカインが集まり、本能のままに殺戮行為を繰り返すカインを捕獲、殲滅するために結成されたのが一輝と由加里の所属するアベル隊である。


 本来ならば龍斗もアベル隊に所属したほうが社会的な摩擦も少ないのだが、紗月を守るために龍斗はあえてその道を捨てた。


 しかし、結局はこれも紗月が自責する材料となっている。


「そんなに落ち込むなよ、まだ調べていない研究所はいくらでもあるし、真弥さんだって仲間の人達と独自に研究してくれているんだ。いずれは方法が見つかるはずだ。どうせ俺達に時間は無限にあるんだから、焦る必要はないだろ」

「………………」


 重たい空気が蘇り始めたところで、真弥は箱の底から最後の荷物を取り出した。


「じゃっじゃっじゃーん、これが今回一番のおみやげ、龍斗くん専用防護服だよー」


 言って、テーブルの上に広げたのは黒ずくめの衣装である。

 靴やズボンに上着に手袋と、どれも闇に紛れやすい黒一色だった。


「やっと完成しましたか」


 やや表情を緩めて手に取る龍斗の横から紗月がその服を覗き込み真弥が言う。


「龍斗くんの体から作った服だよ」

「龍斗君の?」

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