第17話 巨乳
優しい声に導かれ、ゆっくりと意識が現実に呼び戻されて、目をこすりながらまぶたを開くと、朝一番の笑顔で紗月が迎えてくれる。
「おはよう、龍斗君」
「ああ、おはよう……て紗月、その格好は?」
「ふえ、こっ、これ?」
龍斗の目の前にいる紗月は誤魔化しようもない、完全完璧なるメイド服に身を包み、頭にはカチューシャまでついていた。
胸元は大きく開き、紗月の最強装備の一つがその効果を十二分に発揮し続けている。
「ッッ……!」
似合っていた。もう足の先から頭のてっぺんまでしっかりと、美人は何を着ても似合うという言葉があるが、ここまでメイド服を着こなせる女の子は少ないだろう。
少なくとも、去年、中学校の学校際でメイド喫茶を行ったクラスの女子達と比べれば月とスッポン、ルビーと砂利ぐらいの差があるのは明白である。
「えと、変だったかな、これを着れば龍斗君は大喜びだって真弥さんに言われたんだけど」
半世紀以上もオタク達の好きな物ランキングトップ五に納まり続ける逸品から視線を離せないまま、龍斗は嘆息を漏らす。
「いつも言ってるだろ、真弥さんの言う事は全部無視していいって」
「それはそうだけど……あれ、龍斗君顔が赤いよ、具合悪いの?」
言いながら額と額を密着させて熱を測ってくるものだから紗月の顔が文字通り目と鼻の先まで接近、龍斗の毛細血管が破裂しそうなほど拡張する。
「アッ、無限瞬速再生(アンリミテッド・リボルス)持っている俺が風邪ひくわけないだろ、少し暑かっただけだ」
「そう、汗はかいていないみたいだけど」
紗月が龍斗の背中を確認しようと姿勢を変えると、龍斗の目の前まで紗月の豊かな胸(さいきょうそうび)が迫ってくる。
「あぐッッ……!」
昨晩の戦闘と今の状況、どちらが辛いかを天秤にかけながら龍斗は身を引いた。
「いや、ホント大丈夫だから……うん、平気平気」
赤面したまま慌てて取り繕う龍斗に、紗月は心配そうな顔を緩める。
「そう、龍斗君が元気でよかった」
互いに微笑み(紗月)と苦笑い(龍斗)を交し合ってから龍斗は布団から起き上がる。
本当に、昨日までのクールでカッコいい漆黒の戦士はどこへいったのやら……
二人が住んでいるのは三〇階建てマンションの二〇階に位置する部屋、高校生になってから真弥という人が手配してくれたこのマンションに引っ越して以来、二人はここでずっと暮らしている。
朝食は白米にお味噌汁、目玉焼きに野菜ジュースと緑茶、和風とも欧米風ともつかない完全無欠の健康メニューである。
テレビニュースと炊事の湯気に彩られた食卓は当事者達の存在とは相反して驚くほど庶民的な雰囲気に包まれていた。
ちなみに、そのテレビニュースでは昨夜、廃屋となっていた元介護施設が老朽化により倒壊と報道されている。
二十一世紀も後半に入った現在、ここ数年で日本を中心に世界中で奇怪な連続殺人事件や失踪事件、施設倒壊事件が激化しており、国民は不安と、それをいつまでも解決できずにいる警察への不満を高め続けている。
当然、事件の犯人は全て一般人が知る由も無いカイン達である。
警察への苦情の電話は増加の一途を辿っているが、決して警察が無能なわけではない。
元より可燃物や火薬の痕跡も無いのに消し炭になるまで燃えた遺体や毒物反応の無い綺麗な遺体など、まるでSF映画にでも出てきそうな変死体を見せられては日本警察どころかFBIでも頭痛物だろう、失踪事件と施設の倒壊も同じである。
これらの事件は全て、黒門会絡みの時は黒門会が中心に、そして先日の江口のように黒門会と無関係なカインの事件は龍斗のパトロンとアベル隊が情報操作を行っている。
「さすが真弥さん、あの人の情報操作能力には驚かされるな」
いつものように捻じ曲がったニュースを見ながら、目の前の食事に視線を移すと閉じた口がまた開く。
「毎朝悪いな紗月、一緒に暮らしているのに、紗月にばかり家事やらせて……」
「ううん、そんなことないよ、だって龍斗君はいつも私のために頑張ってくれているんだから、これぐらいは……」
「でも家事全般全部やっているじゃないか、学校の勉強しながらじゃ大変だろ?」
その言葉に紗月は悲しそうに伏いて、弱い声で応える。
「お願いだからそんなこと言わないで……私はいつだって龍斗君に迷惑ばかりかけて、ただでさえ龍斗君に申し訳ないと思っているんだから……せめて身の回りのお世話くらいは私にさせて」
「でも俺達は昔から兄弟みたいに育ったんだし、家族の為に体を張るのは当たり前だろ?」
龍斗の言う家族という単語に胸が温かくなるが、兄弟という単語には逆に胸が痛み、そんな自分に呆れながら言葉を返す。
「でも……昨日だって、二回もカインと戦ってから暴走した私と戦って、いくら家族でも迷惑かけすぎだよ……」
「それは……」
返答に困った龍斗は、なんと言ったらいいかわからず、二人の間に気まずい沈黙が流れ、龍斗がどうしようかと困っている時だった。
「ヤッホー! 血気盛んな若人諸君、今朝もハグハグしているかーい?」
場違いなほど陽気な声が割り込み、龍斗と紗月の気まずい雰囲気を掻き消す。
陽気な声と言っても由加里ではない、龍斗と紗月は声の主を確認するまでも無く一つの名を口にした。
「「真弥さんっ!?」」
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