第15話 正体
「監視員だろ」
被さった龍斗の言葉に口が止まり、少しの間をおいて由加里はあっけらかんとした声を出す。
「もう、何言ってるのクロちゃん、この由加里ちゃんがそんなこと……」
「なんでカインのこと聞かないんだ?」
「それは、ほら、さっき江口とかいう蟲使いが説明してたじゃん」
「あれで足りるのか?」由加里の表情が曇る。
「何も知らない一般人にしちゃ、江口に対する驚きが無さすぎる、なのに俺の武術には驚きを示していた。常人なら戦いが終わればすぐにでも俺らの存在についての質問があってもいいのにお前はそれをしなかった」
「あはは、そんなの言いがかりだよう」
「じゃあお前、なんでこの場所がわかったんだ?」
数秒の間の後に「偶然だったじゃ駄目なんだろうね」
五分咲きの笑顔は満開の笑みになって龍斗を見据えた。
そうだ。最初からおかしかった。
あの路地裏で死体を見てからビルまでくるなんて常人の精神じゃありえない。
あの状況で龍斗についていくなんて好奇心では説明がつかない。
龍斗と時を同じくしてこの建物の前にいるのが偶然のはずがない。
「何が目的だ? 俺は四戦目に入っても構わないぞ」
紗月との戦いで服が破れ、上半身が裸になったせいで見える洗練された筋肉が軋む。
「悪いがそこまでだ」
若い、男の声がその場に割り込んでくると突然外から施設の壁を貫いて一台のバイクが部屋に飛び込んでくる。
「カズちん」
嬉しそうに言う由加里の横に着地して、バイクの乗り手はヘルメットを外し降りた。
「よっ、久しぶりだな龍斗」
美麗な顔を飾り立てるようなサラサラの赤毛にスラリとした長身、髪の色と同じく、燃える様な赤い服は、電気が割れて暗くなった部屋の中でもその存在感を示していた。
「一輝、お前の仲間だったのか」
突如として睨みあう両者に紗月は戸惑いの色を隠せなかった。
「同じ質問だけど、この人と知り合い?」
「ああ、あいつは対カイン用に国が作った組織の奴で、俺みたいに殺人衝動を持たないカインで構成された特殊部隊、アベル隊のナンバー4、飯島(いいじま)一輝(かずき)だ」
余裕の笑みを見せる一輝に龍斗の拳が向けられる。
「俺達を捕まえにきたのか?」
龍斗の問いに一輝は肩を竦すくめた。
「いや、俺はただ同僚の力也と今日から入った新人隊員の迎えに来ただけだから、それに公務員は五時までしか働かないんだぜ」
「お前の仕事は夜がメインだろ」笑って一輝が返す「図星を突くのが好きだねえ」
飄々とした態度で受ける一輝は由加里にヘルメットを渡し、バイクの後部座席に座らせると気を失ったままの力也を一瞥する。
「俺のバイクは女の子ちゃん以外は乗せる気ないし、まあ別の奴が回収にくるか」
「見逃すのか?」
「まあな、あと少ししたら人が集まってくるだろうし、俺たち人間兵器がこれ以上暴れたら今度こそこの施設崩壊しちまうしな、っと、そういえば紗月ちゃんの異能を狙ってるのどこだっけ?」
「黒門会だ」
龍斗の言う黒門会とは、表向きは日本唯一にして世界でも五本の指に入る兵器会社で開発から売買までを独自に行い、傭兵の貸し出しまでやっている、まさに日本国ではトンデモない大企業である。
国内では警備会社としての色を前面に押し出して活動しているが、外国には世界有数の戦争請負会社としての活動を中心に行っている。
この世界でカインの存在を知る数少ない組織でもあり、裏ではカインを使って多くの人間を殺し、それだけにカインの研究も進んでいた。
故に、龍斗は黒門会の施設に潜入し、紗月の殺人衝動を抑える方法を探っているのだ。
そして、これまでに紗月を狙って放たれた刺客達と龍斗は幾度となく戦い、そして勝利してきた。
「そうそう、黒門会」
思い出して手をポンと叩き一輝は続ける。
「銀髪の女」龍斗の瞳孔が開く「今、黒門会にいるらしいぞ」
一輝の言葉に龍斗はしばし言葉を失うが、なんとか返答する。
「銀髪の女がどこにいようが、何をしようが興味は無い、俺は紗月の殺人衝動を抑える方法が見つかればそれでいい」
「でも、黒門会を潰さないと紗月ちゃんを狙って刺客はいくらでも来る、ならお前の目的には黒門会の崩壊も入っているはずだ、そして黒門会の中枢へ行けば、自動的に銀髪の女ともぶつかる、違うか?」
やや挑発的に問う一輝に龍斗は聞き返す。
「黒門会のトップはあの女なのか?」
「さあな、黒門会があの女を捕獲したのか、それとも黒門会があの女に使われているのかそれは俺にもわからないよ」
「情報元はどこだ?」
「お前のパトロン、自称、永遠の一二歳だ」
「真弥さんか……」と顔に手を当てため息を吐く龍斗。
「まっ、なんにしてもお互いにいつ死ぬかわからない身の上だ、だからな龍斗」
一瞬、真剣な眼差しで龍斗を見据えてから親指を立てて笑う。
「紗月ちゃんとは今夜中にキメちまえっ!」続けて由加里も「キメちまえー」
紗月と冷徹な仮面を壊された龍斗は爆発したように顔を紅くし、龍斗が怒声を飛ばそうとするが、その前に一輝のバイクのエンジンが動き出した。
今主流の電気式バイクと違い、ガソリンで動く一輝のバイクは再度唸りを上げて、黒い煙を吐き出すと、ヒビ割れた床を削り、逃げるようにして猛然と走り去った。
ほどなくしてバイクのライトが街の明かりに溶け込むと、龍斗と紗月も呼吸を整えて人が来ないうちに姿を消した。
深夜二時を過ぎた頃、自宅のマンションに到着した龍斗は先に上がると振り返り紗月と視線を絡める。
「紗月、五度目の家出ご苦労様」
柔らかい笑顔に紗月は涙を流しながら嬉しそうに答えた。
「ただいま、龍斗君」
「お帰り、紗月」
二人一緒にリビングに入ると紗月が尋ねる。
「そういえば龍斗君、夜食は何が食べたい?」
さっき力也と戦っていた時に自分が言った言葉を思い出して龍斗は視線を上げる。
「そうだな、じゃあ昨晩作ってくれたのと同じ、卵焼き作ってくれるか?」
「うん」
惜しみない満面の笑みを浮かべて、少女はエプロンを手に取った。
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