第14話 真相
ようやく収まった嵐に由加里が溜めていた息を吐き出し、冷や汗を流した。
「ふぅー、これで終わり……だよね?」
「……いや、俺は今まで紗月にダメージを与えられたことがない」
瓦礫の中から白い野獣が飛び出し襲い掛かる。
並のカインならば江口にやったように、必殺の一撃となるはずだったが暴王へのダメージは皆無、それどころか痛みを感じているかどうかも疑わしい。
次に狙うは右手の掌底、胸下に叩き込まれた衝撃は肺に伝わり紗月の動きと呼吸を一瞬止めるはずだ。
今まで効いたことはない、だが日々進歩し続けている自らの武を信じ、今日こそはと放った攻撃を、紗月の力任せに振るった拳が裂いた。
拳と掌ならば、龍斗が攻撃を受け止めるイメージがあるが、紗月の拳は龍斗の掌から手首、手首から腕を破壊し、ついに肘までの肉を飛び散らせ、もう一方の手が額に振るわれる。
無事な腕で咄嗟に庇うがそんな防御など紙切れと言わんばかりに紗月の右拳は龍斗の腕を頭ごと貫通した。
江口の甲虫のツノを通さず、力也の豪腕に耐える龍斗の肉体が彼女の前にはあまりに脆い、その秘密は紗月が持つ第二の能力、『結合破壊(アルム・ブレイカー)』である。『暴走の殺戮乙女(バーサーカー・ヴァルキラス)』と併用して発動、触れる物体の原子結合を弱め、全体の強度を強制的に落とす。
唯一の救いは『暴走の殺戮乙女(バーサーカー・ヴァルキラス)』とは違い、常に発動しているわけではないこと、紗月の攻撃が龍斗に軽傷で済ませる場合があることからわかるが、これは何度かに一度ぐらいのペースで発揮される能力である。
鼻から上を失なった龍斗の体がグラリと傾いた。
いくら瞬速再生力を持っていようと一撃で殺されれば終わりだと由加里が諦めた瞬間、彼女の頭蓋を鈍器で殴られたも同然の衝撃が襲う。
倒れながら龍斗の頭部は髪も含めて再生を完了させる。どうやら彼の再生力は体の一部であれば脳ですら再生可能なようだ。
だが壊された場所が悪かった。龍斗の戦いのリズムが崩れた。
いくら再生すると言っても完治する瞬間までは思考が出来ない。
完治した眼球と脳が認識したのは猛然と襲い掛かる紗月の両腕である。
それは……凄惨な光景だった。
武神の姿は見る影もなく、今ではただ一方的に殺され、蹂躙し尽くされるだけである。
総身を潰され、抉られ、千切られ、損傷箇所は片っ端から修繕されるがどこかが治る頃には別の場所を失っている。
武とは本来、五体満足を条件に作られたモノ、腕だけや脚だけでも行える技も存在するが、子供に遊ばれる人形のように宙を舞い、棒切れのように振り回される龍斗にそれは叶わなかった。
遠心力のせいで、掴まれていた左足は膝から千切れ、床に頭から叩きつけられると馬乗りに組み伏せられる。
格闘技でもっとも避けるべき最悪の状況、マウントポジションだ。
「アァアアアアッッ!!」
無限に再生する肉体に獣の猛攻が容赦なく浴びせられ、その一発ごとに血肉が飛び散り互いの体を紅く染めていく。
再生するのと痛みを感じないのは別、随時再生してはいるが、今、龍斗はショック死寸前の激痛で動けない状態にあった。
潰すだけでは満足できないのか、理性を失った少女は龍斗の裂けた腹に顔を突っ込んで臓物を喰らうと、最後の置き土産とばかりに放った一撃が龍斗の頭蓋を砕いたのを確認して彼女は立ち上がる。
血に飢えた瞳は新たな獲物を求めて由加里を捉える。
脚がすくんで立てない、由加里は半泣き状態のまま這う這うの体で逃げようとして、紗月は足首に締め上げられる圧迫感を感じた。
「どうした、まだ俺は死んでないぞ……」
由加里のもとへは行かせまいと体を再生させ必死に紗月の足にしがみつく龍斗、それを歓迎するように笑って紗月は龍斗の顔をわしづかみにすると床に擦りつけながら疾風のように駆け出し、壊れた壁から隣の部屋へ飛び込む。
龍斗を床に叩き付けた衝撃で施設全体が歪み、それを最後に音が止んだ。
さきほどまでの戦争のような轟音などなかったと主張するように、施設はもとの静謐さを取り戻している。
霧のように舞っていた粉塵が晴れて二人の様子が由加里からも見えるようになる。
……悪魔なんていなかった。悪い夢から覚めたように、龍斗の腕の中では儚げな少女が堰(せき)を切った様に泣きじゃくりながら少年に謝罪していた。
「……ごめっ、ごめんなさい……ほ、本当に私、また龍斗君にっ……」
「何言ってるんだか、見ろよ、俺は無傷だろ?」
穏やかに言う龍斗を見上げて紗月は泣き叫ぶ。
「でも痛みは感じるんでしょ!? 暴走している間の記憶は残るんだから、私が龍斗君に何をしたか全部覚えているんだよ! 今だって、まだ手に龍斗君の感触が残っているんだよ!」
涙で可愛い顔をぐしゃぐしゃにする紗月を、龍斗は半ば強制的に抱き寄せて語り掛ける。
「確かに痛いな、でも紗月、俺は紗月に殺される痛みよりも、独りになることのほうが辛いんだ、だから俺の辛さが紗月の辛さになるなら一緒にいて欲しい、これからも俺の家族でいて欲しいんだ」
「龍斗君……」
自分を受け入れてくれる人、自分と一緒にいたいと言ってくれる人、紗月は彼の存在を確かめるように抱きしめ返し、温かい、嬉しの涙を流した。
「ありがとう……」
その時、パチパチと手を鳴らす音が聞こえ、由加里が近づいてくる。
「いやあ、感動の再会おめでとうクロちゃん、そしてボクは天宮由加里、よろしくね、紗月ちゃん」
にこやかに笑う由加里の格好に赤面しながら紗月は戸惑う。
「えっ、はい、よろしく……龍斗君、この人とは……どういう関係?」
不安そうに尋ねる紗月に由加里が先に答えた。
「ボクはクロちゃんの……」
「監視員だろ」
被さった龍斗の言葉に口が止まり、少しの間をおいて由加里はあっけらかんとした声を出す。
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