第13話 最強VS最凶

 眼前に広がる光景に、天宮由加里は驚愕の表情で固まっていた。


 龍斗と紗月、二人の限度を越えた戦いは神話の神々の戦争を思わせる。


 一個人同士の素手による闘い、それも二十歳にも満たぬ少年少女の、なのにどうだろうか、この戦いの凄まじさは。


 踏みしめた床が砕ける、互いの攻撃が激突する衝撃が部屋中の窓ガラスを叩き割り、空振った攻撃の余波は壁や天井に亀裂を生み出した。


 音の壁を貫きながら肉迫する二人から放たれ続ける衝撃波は部屋に収まり切らず、別室の物まで破壊し尽くす。


 こんな無茶苦茶な闘争をしておきながら由加里に衝撃波が当たらないのが不思議なくらいだ。


 いや、もしかすると龍斗が由加里には当たらないよう配慮しているのかもしれない。


 だが、嵐のど真ん中に置き去りにされたも同じ由加里は生きた心地がしない、轟く爆砕音に、鳴り響く施設の軋む音に、由加里は怯えて立ち上がれない。


 この建物とて龍斗が紗月の攻撃を全て受け、施設への直撃を防いでいるから保っているだけで、紗月がその気になればこんな建物など数分と待たずに全壊しているだろう。


 物理学や生物学を踏みにじる愚者達に大気が怒り絶叫する。


 だが、この星の法則を捻じ曲げかねない無法者達を止められる存在などあろう筈もなく二人の激闘は苛烈さを増していく。


 紗月の回転式機関砲を凌駕する連撃を、龍斗の手掌は先読みして綺麗に受け流すが、なにせその威力たるや一発一発がダイナマイト数十トン分以上の威力があるのだ。


 受け流しても紗月の手に触れた部分の皮膚は裂け、今日初めての血を流す。


「クロちゃんが受け流しきれてない!?」


 飛び散る血に唖然とする由加里の頭をさらなる衝撃が襲う。


 一撃で皮膚を切り裂く攻撃を立て続けに受けて何故、龍斗の手は動くのか……


「……傷が治っている……!?」


 加速を続ける紗月の速力がついに龍斗の反射神経を超えた時、彼女の手が龍斗の腹を抉った。


 飛び散る血飛沫、だが攻撃を受けた瞬間には出血するがそれはすぐに収まる。


「まさか、クロちゃんの異能力って……」


 紗月の腕の一薙ぎで龍斗の左腕が飛んだ。次の瞬間、骨、筋肉、皮膚、その全てが再生していき、数瞬前と変わらない洗練された動きを見せる。これでようやく理解した。


 なぜ龍斗が今まで異能を使わず武術で敵を倒したのか、彼は力を使わなかったのではない、使えなかったのだ。


 なにせ相手が自分を傷つけてくれないと使えないのだ。無傷なら使えるはずも無い。


 龍斗が持つ最強の補助系能力『無限瞬速再生(アンリミテッド・リボルス)』は紗月を相手に初めてその力を発揮する。


 力也の『武器を認めぬ肉弾決闘場(トゥルー・デュエルフィールド)』は肉弾攻撃以外のダメージはカインの能力であっても無効にする物だったが、そもそも攻撃系の能力ではなければその限りではない。


 まさに龍斗の言うとおり、彼には意味の無い能力だった。


 やがて由加里の疑問は紗月の持つ破格の筋力、速力に向けられる。


 同じカイン同士なら肉体条件は同じ、にも関わらずあの白く細い腕から龍斗を超える筋力と速力が出せるだろうか、由加里の勘は当たっている。


 これが紗月の持つ力、殺人衝動が起きた時、本人の意思とは関係なくオートに発動、理性を失うのと引き換えに絶大な肉体強化が施される『暴走の殺戮乙女(バーサーカー・ヴァルキラス)』である。


 だが龍斗も負けてはいない、ヒトガタ最強の怪物と五分に渡り合う力の正体は単純な超武力、自分の異能力が攻撃に向かないことを知っている龍斗が敵と戦うのに選んだ方法は自分自身を鍛える事であった。


 されど人類が数千年に渡り磨き続けてきた殺人技術は数知れず、どれを学べば一番効率がいいのかは非常に迷うところではあったが、龍斗は自分の再生力を利用し、歴史上に存在する全ての武を極めることに成功、今では改良を加え、時には自ら新しい技を開発するに至っている。


 現に龍斗は人間が編み出した数千年の技巧を惜しみなく発揮し、白い悪魔に食い下がる。


 武術には、演舞でしか使わない技が存在する、なぜならこれらの技は威力こそあるものの、どれも予備動作が大きく、動きも派手なため、相手に攻撃を読まれてしまうからである、見た目のインパクトがあるため、漫画や映画で見る機会が多いソレを、龍斗は難なく紗月に使っている。


 常人には派手なだけの技も、龍斗の技術と速力を持ってすれば十分なのだろう、基本技の中に派手な大技を混ぜながら闘う龍斗は武の本質を実によく体言している。


 数千年前の古代、まだこの世に武が存在しなかった頃は生まれつき体の大きい者、筋力の強い者が皆を支配していた。


 だが彼らの暴力に耐え切れなくなった弱き者達が暴君に隠れ、人知れず、どうすればもっと速く、強く攻撃できるか、人間のどこを攻撃すれば良いのかを研究し生まれたのが武術である。暴力に立ち向かうために生み出されたのが武術ならば、全ての武の上に君臨する龍斗が暴の王たる紗月を止めるのは必然なのだろう。

 この地上に降り立った武神はその技の全てを以って究極の暴力を止めようと血を流し続ける。


「はぁああああっ!!」

「アァアアアアッ!!」


 龍斗の双手が紗月のみぞおちを打ち抜き、後方に吹き飛ばされた紗月は隣の部屋で瓦礫に埋まる。

 ようやく収まった嵐に由加里が溜めていた息を吐き出し、冷や汗を流した。

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