第12話 バーサーカー
龍斗の実力なら難なくかわせる、力任せの一撃を龍斗はあえて受け、途端に力也の表情が固まる。
「動かない……? いや、それよりもなんだ、この硬さは……?」
「悪いな、お前とは鍛え方が違う」
力也はずっと、龍斗は速力と技術で闘うソリッドファイターだと思っていた。
しかしこの少年は最高の速力と技術だけではない、最高の筋力も備えているのだ。
まるで鉄の塊りでも殴っているような感覚に驚愕する力也の懐に潜り込んだパーフェクトファイターの拳が岩壁のような胸板に叩き込まれた。
胸筋と肋骨を粉砕された力也の巨躯が宙を舞う、背後の壁を貫きまだ止まらない運動エネルギーは隣の部屋の机や椅子を巻き込み二枚目の壁に激突してやっと静止した。
筋力トレーニングの賜物か、江口と違って厚い胸板に守れた肉体は絶命だけは免れたが気を失い動かない力也が完治するには、どれほどの時間が掛かることやら。
「金剛八式……やはり至近距離だと八極拳が一番だな……」
敵を屠った拳の感触を確認して、龍斗は姿勢を正した。
かくして、なんの異能も使うことなく、たゆまぬ練磨の果てに身につけた武力だけで二人の超人(カイン)を倒した戦士は紗月に歩み寄り手を差し伸べる。
「帰ろう、紗月……」
「……嫌」
言って下がる少女に、龍斗は当惑の声を漏らす。
「……どうしてだ? 俺は紗月を守るためなら……」
「だって辛いじゃないっ!」
突如叫ぶ紗月の表情に龍斗の脚が止まる。
「だって、そうじゃない、私といると龍斗君はいつも、こんなのばかりじゃない! 私さえいなければ、龍斗君は普通に高校に通って、みんなと思い出を作って、ごく当たり前の幸せな人生を送れる……なのに、龍斗君はいつだって私のために戦って、苦しい思いをして……わた、私一人のせいで……龍斗君の人生メチャクチャじゃないのっ!」
涙ながらに訴える少女の姿は、抱きしめることはおろか、手を握ることさえためらってしまうものがあったが、龍斗は優しく笑って歩みを進めた。
「お願いだから来ないでっ! だいいち龍斗君が戦わなくても一緒にいるだけで私は龍斗君を傷つけちゃうんだよっ! もうあんなの……耐えられないよぉ……」
「紗月」龍斗の言葉に紗月の口から「あっ……」と声が漏れる
崩れそうな自分の体を、壊れ物を扱うように抱きしめてくれる少年の腕が、紗月にはあまりに頼もしすぎて、抱き止めてくれる胸板が温かすぎて……
「両親が死んで、独りになった時、紗月がいてくれたから俺は立ち上がれた。あの孤児院で紗月と出会わなかったら、きっと今の俺はないと思う、紗月が家族になってくれたことに俺は感謝している、だから帰ってきてくれ……でないと、俺はまた独りだ」
……掛けてくれる言葉があまりに優しすぎて、耐えきれず口から声が溢れてしまう。
「……ごめんなさい、でも……私もう限界が来ていて……抑え切れないのッ!」
必死の叫びに、龍斗は抱き締め直してゆっくりと告げる。
「最後に俺を殺してから二週間近く経つからな、わかっていたよ……だから今回も、俺が全部受け止める」龍斗の体が飛んだ。
砲弾のような速度で由加里の横を通り過ぎて壁に叩き付けられる。
「って、ええっ!? どうしたのクロちゃん!?」
体を起こした時、黒い双眸は強い闘志を取り戻していた。
「どうしたもこうしたも、第三ラウンドが始まっただけだ」
「紗月ちゃんと闘うの!? ああでもクロちゃんの強さならアメリカ軍でもなかったら簡単に……」
「悪いがアメリカ軍相手のほうが遥かに楽だ」
淡白な声で答える龍斗に由加里の思考が止まった。
「………………」ギリギリという擬音語が聞こえてきそうな動きで紗月を見ると、彼女は面を下げたまま、ふいごのように息を荒立て、いきなり叫ぶ。
「アァアアアアアッ!!」
由加里の全細胞が悲鳴を上げた。
Tレックスが、ライオンが、その時代最強の獣王にしか出せぬ雄叫びを華奢な少女が発している。鼓膜が破けそうな怒号は街まで聞こえているかもしれない。
風も無いのに揺らめく灰色の髪、真紅の眼光を放つ双眸は狂気に満ち溢れ、口からは熱い吐息が漏れ出す。
紗月の足元が砕け散った。彼女が踏み抜いた結果である。
龍斗も駆けていた。部屋の中央で激突する二人の衝撃で床が陥没する。
今、この場に《最強の暴力VS最強の武術》による戦いの火蓋が切って落された。
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