第11話 肉弾決闘場(トゥルーデュエル)


「構わないさ、元々ここにはお前から紗月を取り返すために来たんだ、江口はまあ、ついでだな」

「我の行動を読んでいたと?」

「俺の情報網を甘く見るな、と言っても、俺自身が調べているわけじゃないけどな」


 自分から見れば遥かに小柄な少年の余裕を、生意気な小僧とばかりに見下ろすと力也は紗月のロープを放した。


 なんの脅しをかけたかはわからないが、力也には紗月が逃げない自信があるのだろう。


「ふっ、相手には少々物足りないが、久しぶりの肉弾戦は喜ばしい限りだ。だが水守、どのような能力を持っているかは知らないが、我との戦いはさきほどの武で以って戦ってもらうぞ」


 力也が意識を集中させた瞬間、突如部屋の空気が変わる。


「これは……?」


「我が力に気付くとは、中々に感の鋭い奴、その通り、我はすでに異能を使っている。この部屋、この空間は既に我の制御下にある」


「さっきの言葉と関係が?」


「ふふん、悪いが我を中心とした半径一〇メートル以内の空間は肉弾以外の力を全て無効となる。いかに銃を撃てど剣を振るおうとそれは互いの体をすりぬけ、貴様の着ている服も我が拳をすり抜け体を直接殴られたのと同じダメージが与えられる。いかなる武器も防具も、そしてカインの持つ異能力も我が空間の中では何の意味も無い、仮に我を圧倒する異能力を持つカインがいたとしてもこの空間は確実にその力を抑制するのだ。つまり、我と闘うには何人たりとも純粋なる肉弾決闘以外の方法が無い! まさに男と男の戦い、これが我の力、武器を認めぬ肉弾決闘場(トゥルー・デュエルフィールド)!」


 高らかに言い放つ力也に、だが龍斗は少しも慌てる様子が無い。


「しかし我の体格は見ての通り、肉弾戦において我に勝てる輩などおるまい、故に我は無敵、特にカインの能力を封じる力はこの仕事に適任でな、我がカインハンターと言われるのも当然だな」


 息巻く力也に、だが龍斗は怠慢な溜息を返す。


「悪いが、お前の力はなんの意味もないぞ、ゴタクはもう終わりにしてくれ、俺もそんなにヒマじゃなくてな、さっさと紗月を取り返して、紗月の夜食が食いたいんだ」


 龍斗の反応に青筋を立てて力也は歩みを進めた。


「貴様の武は認めよう、だがいかに速くともプラスチック弾が戦車を貫けぬように、柔の達人がトラックの突撃をさばけぬように、どのような速力も、技術も、圧倒的な質量と筋力の前には無力なのだ……このようになッ!」


 力也の岩のような拳が怒喝の心力を込めて振るわれた。重機を凌駕する圧倒的なパワーはたとえ相手が重戦車であっても一撃の元に叩き潰すだけの威力を秘めていた。


 だが驚いたのは龍斗ではない。


「なっ……!?」


 驚愕に開かれた目が見たのは龍斗に捌かれ空振った自分の拳だった。


 剣や槍と違い、ハンマーや斧の攻撃を受け流すのが不可能なように、圧倒的な力を誇る自分の一撃は確実に龍斗の腕ごと彼の総身を打ち砕くはずだった。


「あの……」


 割り込んできた紗月の言葉に力也が振り向く。


「龍斗君に接近戦はやめた方がいいですよ……その、勝てないから……」


 うつむく少女の注意に力也の頭が沸騰した。


「だったら……これでどうだっ!」


 龍斗の左腕に掴みかかる。「勝った」と力也は確信した。


 掴んでしまえば握りつぶすことも引き寄せて殴ることも出来る。


 だがその刹那、龍斗が軽く下がっただけで力也は体ごと前に引き倒され、体勢を崩す。


 次の驚愕は龍斗が空いている右手で力也の右手を掴んだときだった。


 龍斗がしたことといえば、ただ力也の右手を軽くひねって曲げただけ。


 にも関わらず力也は龍斗にひざまずき、頭を垂れた姿勢から動けない、手も、足も、絶妙に龍斗には届かない位置にある。これは合気道と少林寺拳法の技術だ。


「このっ!」


「どうした? 肉弾戦じゃ負けないんだろ?」


 こんな屈辱があろうか、身長差四〇センチ、体重に至っては三分の一程度しかないはずの年端もいかぬ少年に、剛力で知られた自分が片手の力で抑えられている。有らん限りの声を張り上げて力を込める力也に、龍斗は憐憫(れんびん)の念を向けて手を離してやった。


「おのれぇえええ!」


 狂戦士(バーサーカー)が如く力也の猛攻を、龍斗は一発残らずさばき、避け、その筋骨隆々の相手の重心をズラしては何度も転ばしていく。


「くそっ、貴様のような奴に、人殺しなんぞに何故負ける! 貴様ら性根の腐った犯罪者達に我の拳が通じないはずがないのだ!」


「今のは聞き捨てならないな、そういうお前はどれほどの物を持っているんだ?」


「我が信念は犯罪の無い理想の国家、この国全ての人民の幸せのために我は闘っているのだ、一国を背負う我が心に敵う者など……」


「随分と重い背中だな、そんなんじゃあ動きが遅くなるのも当然だ」


 軽くあしらう龍斗の言葉に力也は怒髪を突いた。


「だったら貴様は何を背負っているんだぁああああっ!」


 両手を伸ばして飛び掛る力也のタックルを避け、紗月を一瞥してから龍斗は力也と対峙しなおす。


「神様じゃあるまいし、俺は世界とか、国とかはどうでもいいんだよ、ただ、少し放浪癖がある気弱な家族を守れれば……他は何もいらない!」


 強い、確かな意思を込めた龍斗の決意に、紗月はやり場の無い自責の念で血が滲みそうなほどスカートの端を握り締め、大きな瞳からは数え切れないほどの涙が流れて床を濡らした。


「そんな軽い背中で何が守れるかァッ!」


 龍斗の実力なら難なくかわせる、力任せの一撃を龍斗はあえて受け、途端に力也の表情が固まる。

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