第8話 異能バトル
足を痙攣させる甲虫の屍に江口の顔が引きつった。
「これで終わりか? こんなんじゃ、俺のまわし受けを破るのは無理だな」
《まわし受け》空手最強の防御法でありとあらゆる攻撃を捌き、決して自分に触れさせない奥義だが、龍斗のソレは触れた衝撃で対象物を破壊する攻防一体の技となっている。
「ふん、ま、まあいい、そうでないと俺も、張り合いが無いからな……」
歯噛みをしながら浮かべた表情は作り笑いにしても無理があった。
「でもなあ、何百という軍勢全てを捌き切れるとおもうなよ、行け、食人虫共! 水守を貫いてそのハラワタを食い尽くせッ!」
二人の前に身も凍る光景が広がった。
黒光りする異形の甲虫たちが自分に向かって襲ってくる。
だが、そんな局面においても龍斗は冷静に、黒き眼を開いて己が最も信頼する双拳を振るい、その工程に由加里は愕然とする。
背後の壁をなんなく貫いた化物達が龍斗の制空圏に入った順に砕け散っている。
比喩ではなく、百列拳とはよく言ったもの、まさかそれをこの目で拝める日がこようとは予想だにしていなかったが、今まさに、龍斗の拳は機関銃(マシンガン)並の連射速度で近づく存在の全てを塵芥(ちりあくた)に変え、時には薙ぎ、時には叩き飛ばす。
常人の目には捉え切れない神速の魔手はさらにその狂気ぶりを荒げ、衝撃波という名の咆哮を轟かせてなおも敵を殺しに掛かる。
主の命令どおりに龍斗へ肉迫する甲虫たちは無残にもただの一匹も彼の拳を突破できずにその身を屍へと堕としていく。
しかし、甲虫の数が多すぎて江口自身からは見えないのか、ロクに能力を発揮することなく虫達に襲われ死に絶える龍斗の姿を勝手に思い浮かべて邪悪な笑みを作り叫ぶ。
「どうだよ水守、わかったか!? これが俺の力、俺とお前の格の違いだ! まさかてめえを屈服させるときが来るなんて二ヶ月前までは思いも寄らなかったぜ!」
「二ヶ月前?」
由加里の問いに江口はいっそう顔を歪めて声を張り上げる。
「ああそうだ、二ヶ月前に俺が塾の帰りにクソむかつく低脳な連中に金を巻き上げられてな、怒りの余り部屋の窓を辞典で叩き割ったら急にこいつらが湧き出てきたんだよ、使い方は頭に流れ込んできたからそれで知った。この力を、俺の偉大さを、知らねえようだから教えてやるよ、原因はわからねえが俺達は体の中に異能の力が眠っていて、そいつが覚醒するとカインと言われる超人になるのさ! 驚いたぜえ、小学生の頃から運動オンチで虐められていた俺が軽く跳んだだけで家の屋根まで飛び上がれたし殴られても痛くも痒くもない、そのうえ車も投げ飛ばせた。最高の肉体だよ、でも何よりすばらしいのは異能力の行使だ!」
江口は自分の両手を眺めながらうっとりとした表情で続ける。
「虫達を使えば証拠は残らない、何人殺そうと俺が疑われることは無いのさ」
「そんな、あんた何様のつもり、ちょっと酷いんじゃないの?」
「こんな奴ら死んで当然だっ! こんなゴミがっ! こんなクズが社会にのさばっていることが間違いなんだっ!」
江口は足元の生首を次々に踏み潰しながら檄を飛ばす。
「だってそうだろう? なんで一番努力している俺が報われない!? なんで日々を無駄にダラダラと過ごしているこいつらが幸せになる!? 俺は小さい頃からずっと勉強漬けの毎日だった。やりたいこともやれず、それでもその先に幸せが待っていると信じて、でもなんだ、いつだって頑張っている俺のことを周りの連中はキモイだのガリ勉だのバカにしやがって! 俺はいつもみんなの怒りのはけ口で、バカの分際でこいつらの周りにはいつも仲間や憧れの眼差しがあった! 尊敬されるべきは俺だ! 努力している俺こそが幸せになるのにふさわしいんだ!」
虫に襲われる龍斗を指差し江口の言葉には徐々に余裕がなくなっていく。
「水守だってそうだっ! なんの努力もしていないくせに、両親が事故で死んで身寄りがないからって、くく、倉島(くらしま)さんと一緒に暮らすなんてズルすぎる!」
倉島というのは、おそらく龍斗が一緒に暮らしているという少女の名だろう。
顔を真っ赤にして訴える江口に由加里が「はい?」と首を傾げる。
「俺だって小学生の時に両親が死んだ、なのに俺に与えられたのは俺を自分達の世間体を良くするための道具にしか見ていない親戚の叔父さんと叔母さん、なのに水守は……」
「えー、それって逆恨みじゃないのー?」
「だまれっ! こんな奴は死んだほうがいいんだ、そうだ、みんな殺したさ、今まで俺を馬鹿にしてきた前の学校連中に街の不良達、知らない奴でも素行の悪い奴は見ているだけで昔の惨めな自分を思い出して腹が立つ、だからこいつらだって殺した。顔は知らねえがこんな廃屋にたむろしてんだ、この世からいなくなるべき悪だ! そうだ、努力しない奴が死に、俺のように幸せを勝ち取る権利を持っている者だけが生き残る、俺こそが……」
支離滅裂なことを言いながら話の方向性がズレてきた狂人は両手を広げ天井を仰ぎ見る。
「この世の正義だっ!」
そう言い切った途端、江口は長年胸につかえていた異物が流れ落ちたように感じた。
晴れやかな笑顔で語り終えた江口、だが龍斗は絶望の塊りを彼の頭に叩き込んでやった。
「これで全部か?」
「へっ?」
由加里に気を取られて気が付かなかったが虫達を突貫させた空間には、五体満足どころかまったくの無傷で佇む水守龍斗がそこにいた。
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