第7話 食人虫の奴隷達(イーターサーヴァンス)
薄暗い建物の内部は思いのほか広く、長い廊下の左右にはいくつものドアが取り付けられ、玄関では受付のような物も見受けられた。昔は介護施設など、何かしらの施設として機能していたのだろうが、今となってはその片鱗すら感じられない。
歩いている間中、由加里は青年に名前や高校、家族構成などの質問を小声で続け、「喋らないと歩けないのか」と言われてようやく黙るが、それでも質問したいのか口元をモゴモゴさせながら青年の顔を横目で見続ける。
どう考えても捜索の邪魔にしかならない彼女の存在に少しも冷静さを欠くことのない冷徹な青年の黒眼がある一点を見据えると、彼の足音が完全な無になり、かつ信じられないほどの速度で廊下を移動した。
目的地は不自然な明かりのついた一室、中からは小さな人の声と気配、青年は一度部屋の前に立つと今度はさきほどまでの無音はどこへやら、雷鳴が如く蹴りの一撃が木製の扉を藻屑(もくず)に変えて室内に飛び散った。
殴りこむようにして乗り込んだ室内の光景に、青年の眉間に浅いシワが寄った。
学ランを着た男子高校生の死体が七つ、どれも全身をバラバラにされていたため、転がっている頭部を数えた。
部屋の隅には椅子に座って、苦悶に歪む死体を眺めながらほくそ笑む眼鏡の男子がいる。
ドアの砕け散る音に少しも動じず、ブレザーを着た眼鏡の男の視線がゆっくりと青年に向けられた。
その顔に、黒い青年から当惑の色が浮かんだ。
「江口(えぐち)……お前、ここで何をしている?」
青年の問いに、江口と呼ばれたその男は喉の奥で笑いながら黒い青年の名を口にした。
「おう水守(みなもり)、なんだよ、お前まで来てくれたのか?」
ますます顔を歪めて不気味に笑う男は椅子から立ち上がると死体達の中央へと歩を進める。
「すごいだろう? 全部俺の力なんだぜ、見てみろよ……」
誇らしげに語る江口の演説を由加里の陽気な声が遮った。
「へえ、クロちゃん水守ってんだ、ねえねえ、じゃあ下の名前はー?」
「誰だよその女」江口の口元がヒクヒクと痙攣して負の怒りを表す。
「気にするな、通りすがりの露出狂だ」
「ひっどーい、こんな可愛い女の子に露出狂はないでしょ」
甘えるようにして腕に絡み付いてくる由加里を面倒臭そうに引き剥がそうとする水守の様子に江口が怒喝を飛ばす。
「ふざけてんじゃねえぞ水守っ! てめえ、またそうやって俺に格の差を見せようってのかよっ! いつもいつもムカつくんだよッ!」
だがそんな怒りの念をまるで無いように由加里は相変わらず自分のペースを崩そうとはしない。
「あんたこそ誰? クロちゃんの知り合い?」
「クロちゃん? ああ水守のことか、確かにそいつ、黒いものばかり身につけているからな、そうだよ、俺の名は江口(えぐち)優(まさる)、そこにいる水守(みなもり)龍斗(りゅうと)のクラスメイトさ」
「あは、龍斗っていうんだ、カッコいい」
「いい加減に離れ……」
そこで龍斗の第六感が人ならざる気配に気付いた。
江口の背後に伸びる影が盛り上がり、次々に中型犬ほど黒い物体が這い出す。
その正体は黒光りする甲虫(こうちゅう)、カブト虫のようなツノにクワガタのような顎、だがそれとは別にトンボのような顎が中央に備えられている。
小刀のような顎はあくまでも獲物を殺傷するためのもの、喰らう時にはその中央の顎で噛み砕くのだろう。
四枚の羽がかまびすしく鳴り、ギチギチと音を立てながら二つの顎を動かす虫の群はやがて大群と呼べる数にまで膨れ上がった。
部屋の中央に立つ江口を境に部屋の奥は数え切れないほどの甲虫で埋め尽くされ、反対側には龍斗と由加里の二人だけ、それは二人が化物共と対峙する構図でもある。
「今まで気付かなかったよ、お前、カインだったんだな」
睨む龍斗に江口は口の周りを一舐めして応える。
「ああそうさ、これが俺の力、食人虫の奴隷達(イーター・サーヴァンス)だっ! コンクリートの壁も貫くこの肉食甲虫は全て俺の忠実なしもべ達、でも知ってるってことはお前もカインなんだろ水守?」
言い終えるのと同時に江口が指を鳴らすと甲虫が龍斗と由加里に一匹ずつ突貫する。
龍斗は余裕で、由加里はスレスレのところで避けると甲虫は背後の壁に激突、江口の言うとおりコンクリート製の壁を貫いて隣の部屋まで行ってしまった。
「……江口」
睨みを利かせて歯を食い縛る龍斗に江口は道化でも見るような目を向ける。
「そんな顔するなよ、まあちょうどいい、ここは一つカイン同士、バトルといこうぜ、なんせ俺以外にもカインがいるなんて思わなかったかし、それがお前でちょうど良かったよ」
甲虫たちが一斉に顎を鳴らして威嚇を始める。間違いない、江口は龍斗達を殺そうとしている。
「江口、一つ質問をさせろ、お前の殺人衝動の周期はどのくらいだ?」
「は? 殺人衝動? そんなの関係無く俺は殺してるぜ、それに俺は周期じゃなくて条件でな、ブチ切れると殺人衝動が沸くけどそんなのなくったって異能は行使できるからな」
嘲る江口に龍斗は歯を食い縛った。
「じゃあお前は殺人衝動と関係なく人を殺しているということでいいんだな?」
「当たり前だろ! こんな力を持っていながら使っちゃいけないなんて酷いだろ? さあて、お喋りはここまでだ、お前がどんな能力持っているか見せてもらうぜ」
江口の言葉を合図に三匹の甲虫が龍斗に飛び掛る。
それを龍斗は素早く手袋をはずした両手を自分の前にかざすだけで江口のような異能の力を発動させる様子はない。
胸の内で「勝った!」と江口は確信するが彼の甲虫が龍斗の手に触れる刹那、龍斗は両腕をそれぞれ振るう。
それだけで江口自慢の奴隷虫は首辺りから真っ二つに裂かれて床に力なく落ちた。
「なぁっ!?」
足を痙攣させる甲虫の屍に江口の顔が引きつった。
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