第6話 名無しのクロちゃん
太陽に代わり、月が人々を見守る中、青年は都市開発の波に取り残され、街の賑わいから僅かに外れた場所に不気味な影を落とす廃屋を見据えている。
儚げな眼差しは廃屋を捉えつつも、何もない虚空に家族の姿を見ていた。
意を決して一歩を踏み出すと、背後に人の気配を感じ取り、振り返って青年は思わず深い溜息を吐いた。
「えへへ、お久しぶりだねえ、名無しのクロちゃん」
ウインクとブイサインを合わせる由加里の格好に青年は呆れかえる。
サンダル、そのうえ足の付け根から下、肩から先を露出、それだけに収まらず、胸部以外もほぼ全て露出した胴体部のせいで白い肌やスレンダーなボディラインをハッキリと確認できる。
夜の街でツーピースの水着並の露出度を誇る私服姿の由加里に一言。
「俺に露出狂の知り合いはいない」
視線を背ける青年に由加里は顔を真っ赤にして文句を言う。
「露出狂とは何だ、露出狂とは! この由加里ちゃんの私服姿を見て言うことはそれだけかー!?」
「じゃあ訂正しよう、俺に娼婦の知り合いはいない」
「むうっー 自分だって全身黒尽くめじゃん、クロちゃんのほうが怪しいって」
「全身じゃない、ハンカチや財布、携帯も黒いぞ」
「クロちゃんどんだけ黒好きなのさッ!?」
声を張り上げる由加里に青年はやや首をかしげて問う。
「っで、そのクロちゃんていうのはなんだ?」
「えっ、あだ名だよ、全身黒いからクロちゃん、気に入らなかった?」
もしかしてこの青年の機嫌を損ねてしまったかと由加里が内心ビクビクすると、青年はやや間を空けて呟く。
「クロちゃん……黒……うん、別にいいぞ」
青年の黒好きに呆れてからまた文句を言う。
「とにかく、由加里ちゃんは露出狂なんかじゃないってことだけはわかった?」
頬を膨らませて睨んでくる由加里に二度目の嘆息を漏らしてから青年の右人差指が彼女の下腹部を指す。
「じゃあなんだそのズボンは? ほとんど水着だろ……」
足の付け根から下のないその履き物は座ればお尻の下部が若干ながら見えてしまい、青少年の目には非常に悪い構造になっている。
無論、黒い青年は目のやり場に困るというほどの精神を持ち合わせていないため、あくまでも彼女自身の趣味に対する態度であった。
「水着とは失礼な、これはホットパンツというれっきとしたファッション用ショートパンツだよ、九六年前、一九七一年パリに始まって、日本でも流行、男性からの視線が熱かったことからHOT(熱い)パンツの名前が付いたんだ、それとボトムスのことをズボンなんて古いよ、真っ黒クロちゃん」
胸を張りながら得意げに語ると自分から五メートル前方に青年の後ろ姿を確認し、由加里は慌てて地を蹴った。
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