第25話 アイスピック


 二人の刀と剣が火花を散らすのを見て、航時と亜美のコンビは前の敵に集中した。

 仕掛けたのは涼風とアレクシアからだった。


 涼風の時折投擲(とうてき)を含んだアイスピックの連続突きを、航時は雅彦と戦った時のような巧みさで大刀を操り防いで力に溢れた一撃を放つ。


 アレクシアの威圧感たっぷりの極大バサミに、亜美は怖じる事なく立ち向かう。


 一度受ければそれで腕だろうが足だろうが、それこそ胴だろうが真っ二つにしてしまいそうな、そのハサミの攻撃を亜美はさらに巨大なケースを代わりに挟ませて完全に防いでいた。


 アレクシアの超巨大バサミの威力は絶大だが、亜美のケースの強度もまた最強クラスであった。


 亜美はいくつもある取っ手の持つ場所を何度も変えて、その状況に応じたアタッシュケースの使い方をする。


 さらにはその取っ手をただ掴むためだけではなく、取っ手の穴でアレクシアのハサミの先端を絡めてハサミの自由を奪った。


 と、同時に亜美はケースから手を離して、距離を詰める。


 お互いに長大な武器同士、アレクシアと亜美の間には結構な距離があった。


 だが、亜美はその距離を一歩でゼロにした。


 これぞ、一歩で六歩を跳び渡る八極拳の歩法、箭疾歩(せんしっぽ)である。


 八極拳が持つ最大の特徴は、敵との距離が近ければ近いほどその威力が増すという部分にある。


 鼻先がくっつきそうなほど近いアレクシアのみぞおちに両手を当てて、亜美は全身の筋肉を炸裂させた。


 まるでトラックにでも撥(は)ねられたような衝撃をみぞおちに受けて、アレクシアは遥か後方へと飛んでいった。


 誉めるべきはそんな状況にあってもハサミを離さなかった事だろう。


 叩き付けられた壁を滑り降りて、床に着地したアレクシアは全身から邪悪な気を溢れさせて顔を歪める。


「クックックッ、いいわぁ、殺してあげる、一度じゃなくて何度もね、両手両足斬り落として胴を斬ってから最後にその首刎ねてやるわ……」


 そんな話など亜美は聞いていない。


 アレクシアを叩き飛ばした時点ですぐさまケースを拾い上げ、航時と協力して涼風に攻撃を加えている。


 涼風とアレクシアはバラバラに戦っているが、航時と亜美の呼吸はシンクロし、お互いの実力を引き出し合ってその力を何倍にも高めているのだ。


 涼風がどれほど無音かつ気配を殺して動こうが、航時と亜美の二つの視界を以ってすれば捉えられない敵ではない。


 航時の視界から消えようと亜美が教えてくれる。

 航時の死角から攻撃が迫れば亜美が防いでくれる。

 その逆もまた然りだ。


「あたしを無視するとはいい度胸じゃないの!」


 ハサミを開閉して、アレクシアが迫る。


 それに合わせて航時と亜美は互いの大質量武器で床を攻撃、多くの破片を飛び散らせて涼風に隙を作った。


 アレクシアのハサミが背後から接近する。


 しかしこれこそ航時と亜美の筋書き通りであった。


 航時の大刀がアレクシアのハサミを叩き落す。


 それを見越して振るわれた亜美の横薙ぎの一撃が、得物を封じられたアレクシアの横っ面を叩き飛ばした。


 ビキッ


 と音を立てて首を曲げながら、アレクシアの体は吹き飛び、ロッカーに頭から突っ込んで動かなくなった。


 これで二対一。


 互いの戦力を冷静に分析し、次の行動を思案する涼風が一歩、二歩と下がると、人の駆ける足音に三人の視線が集まった。


 ボーリング場の出入り口から駆け込んできたパーカーに短パン、サンダルの青年が航時に鋭い跳び蹴りをかました。


 大きく仰け反って航時はかわしたが、かなりギリギリであった。

 青年はそのまま涼風の横に跳んで、指を開いたバラ手の状態で構える。


「やぁっと充電が終わったぜ、あのバカ女、あいつらにやられたみたいでいい気味だよ、まったく」


 充電、その言葉に航時と亜美が疑問を持った。

 見たところ、青年が電気を必要とする武器を所持しているようには見えない。


 手に何かを隠しているのかとも思ったが、むしろ手は開いたまま、何も隠している様子は無い。


 航時は雅彦の戦いをチラリと見て、


「おい、坂街アキラってお前か?」

「ああ、それがどうした?」

「お前戦士に詳しいらしいけど京雅時って奴知ってるか?」


 航時の問いに、やや間を置いて。


「いや、聞いた事ないな、何お前、探し人か?」

「俺じゃなくて相方がな……雅彦! こいつも知らないみてえだから集中力乱すんじゃねえぞ!」

「わかってる!」


 雅彦とJ・Jが織り成す金属音が元の調子を取り戻したのを確認して、航時と亜美は再びアキラと涼風と睨み合い、またもアキラが攻撃を仕掛けてきた。


 涼風もアイスピックを両手にその後ろからついてくる。

 だが、やはりアキラの手には何も持たれていない。

 眞子のような徒手戦が得意なのかと航時が想像して大刀を振る。

 速い、そしてアキラは巧かった。

 その速力と技術、足捌きで航時の攻撃をかわして懐にもぐり込んできた。

 そして、五本の指を航時の腹に突き込んだ。

 ただし航時とて直撃を許すほどノロくはない。


 大刀をかわされたと見るやすぐさまバックステップで距離を取ったため、アキラの指はただ当たっただけ、攻撃と呼べるようなモノではなかった。


 それこそ、友達や兄弟同士がふざけてやったようなレベルだ。


 なのに、アキラの指先が航時に触れた瞬間、航時の総身を衝撃と激痛が走った。


「!!?……てめ」


 歯を食い縛って、航時は大刀のグリップから左手を離してアキラの腕に掴みかかるが、今の衝撃で行動の遅れた航時の手は悲しく空を掴んだ。


「航ちゃん!」


 亜美の巨大アタッシュケースがアキラに振るわれて、アキラがかわすとケースはボーリング場の床を軽がるとブチ抜いた。


「怖い怖い」


 軽い笑みのまま下がるアキラ、代わりに涼風の投げたアイスピックが飛んできて、それは航時の大刀がまとめて弾いた。


「てめえ、体に何仕込んでやがる……」


 険しい顔の航時にアキラは指を開いて前にかざす。

 次の瞬間、指がスパークする。


「電化製品が好きで、ちょっとした手術をね、人間スタンガンって言えば一番解り易いかな?」

「SFの世界かよ……」


 苦笑いを浮かべる航時の横で亜美も顔を引きつらせた。

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