第26話 暴走する正義の敗北


 少し離れた場所でも、雅彦とジャックによる苛烈な戦いが繰り広げられていた。

 ジャックは強い。

 体格通りのパワーは勿論の事、それに付け加えて雅彦に近いスピードとテクニックも併せ持っている。

 総合能力ならばジャックのほうが上だろう。

 プラスして、その鬼気迫る覇気も驚異的と言わざるをえない。


「はぁあああああああああああ!!!


 この世に存在する全ての神よ仏よ正義よ我に正義の名の元に力を貸したまええええええ!!

 そしてこの偽善者に鉄槌を!

 正義の巨大なる鉄槌の裁きおおおおおおおおおおおお!!!」



 心の底からやかましいと言ってやりたい。

 見ただけで、

 聞いただけでわかる。


 先程の演説もそうだが、この男、おそらくは偽名であろうジャスティス・ジャックという名からも解る通り、正義を妄信する事こそがジャックの一番の武器であった。


 人間とは信仰や盲信等、精神の力で実力以上の力を発揮する特別な生物、万物の霊長の名はダテではない。


 かつてのヴァイキング然り十字軍然り、バーサーカーと化して人は精神論で遥かに強い敵に勝つ事も可能となる。


 と言っても、一種のトランス状態になれるのは、それこその神の為、国を守る為の戦争や自身の命より大切な者の命がかかったような戦いに限定される。


 人間の精神力はすさまじい力を発揮するが、発動は容易ではない。

 なのに、この男は、ジャスティス・ジャックは……


「せいっ!」


 雅彦の両刃刀がジャックの胸を縦に斬った。

 決して力に頼らず、勝るスピードとテクニックを中心に、雅彦は威力が低くとも鋭い攻撃を確実に、一撃、また一撃とジャックに浴びせ、出血の箇所を増やし続けていた。

 本来ならば出血多量で徐々に身体能力が落ちるがジャックにそんなモノは通用するはずもない。


「正義のためにぃいいいいいいい!!」


 初期につけた斬り傷の中で、比較的浅いモノは既に出血が止まっていた。

 それでも結構な量の血が流れている。

 しかしジャックは少しも動きを休ませ無い。

 むしろ最初よりも攻撃の荒々しさが増していた。

 仲間内からも、


「正義バカ」

「盲信男」

「頭狂ってる」


 などと言われている。

 観賞用の剣を聖剣だと信じる。


 まるでギャグマンガのキャラクターのようなバカさ加減だが、そのバカさ、愚かさこそが、彼を箱舟トップクラスに押し上げた。


 特別な戦いではなく、自分が決めた悪との戦いの度ごとに軽々しくトランス状態になってしまう、なる事が出来るこの男に勝てる戦士など、箱舟にも聖騎士団にも数えるほどしかいないだろう。


 ジャックの自称聖剣が雅彦に振りかかり、腕のプロテクターでガードする。


 筋力で上回るジャックの攻撃をそのまま受け流し、ジャックの顔を斬りつけた。


 浅いが向こう傷をつけた。

 額は傷が浅くても血が大量に流れ、止まるのも遅い。

 真っ二つになったサングラスが床に落ちた。

 ジャックは血に濡れた顔で叫ぶ。


「くっ、なんのこれしき!!」


 思った通り、流血はジャックの目に入り、その視界を奪う。

 腕で拭ったが、血はまたすぐに出る。


 正義を盲信し、言ってしまえば最強のヤル気を持つジャックは傷の治りが早い。

 額の傷もじきに血が固まるだろう。


 だが一瞬で固まるわけではない、そしてどんなに気力に満ち溢れようとも、血が透明になるわけでも、血が目を避けて流れるわけでもない。


 雅彦から見て額の左から右の頬へとつけた傷から流れる血のせいで、今のジャックは右目を封じられている。


 片目での戦闘経験の無いジャックの動きは明らかに劣化して、戦いは雅彦の優勢が決まった。


 雅彦の連撃にジャックは翻弄され、致命傷こそないものの一方的に攻撃を受ける。


 イケる。

 そう雅彦が確信して、一気に畳み掛ける。


「くっ、我が正義がこんなところで負けるはずが、そうだ、片目だろうと、そんなモノ、そんな……」


 ジャックが叫ぶ。


「こんなモノ正義の力で乗り切ってくれる! 慣れろ慣れろ慣れろ慣れろ慣れろ慣れろ慣れろ、あっ慣れた」

「は?」


 突然元の正確さを取り戻したジャックの攻撃が襲い掛かる。

 それを腕のプロテクターで防ぎながら、雅彦はジャックの持つ底無しの精神力に驚かされる。

 確かに独眼龍伊達政宗がそうであるように、過去には片目でも武将としての強さを誇示した者はいる。

 だがあれは片目で何年も生活を続ける事によって、両目でなくとも距離感を掴む事ができたのだ。


 だがそれすらも正義の力で乗り切り、一分もしないうちにもう片目に慣れてしまったジャックには、もうなんと言えばいいのか、言葉も見つからない。

 だがしかし、残念ではあるが、遅すぎた。

 片目に慣れる前につけられた傷のせいで失った大量の血液、切断された筋肉繊維、いくらジャックと言えど、いくら信望しようと、細胞の物理的な性能限界にぶち当たればひとたまりも無い。


 落ちた速力分だけ、

 遅れた反応の分だけ、

 雅彦に勝利が近づいた。



 胸部と腹部から血を流しながら、ジャスティス・ジャックの体が後ろに倒れた。

 天井を仰ぎ見て、大量に血を流し続ける最強の正義信仰者は意識を失った。


「はぁ はぁ はぁ はぁ」


 危ない戦いだった。

 総合能力ではジャックが完全に上だった。


 気力でも負けていた。

 そんな圧倒的優位に立ちながら、ジャックに必勝を逃させたのは、やはりその手に握られた偽物の聖剣だった。


 切れ味の悪いナマクラを聖剣だと言われて買ったジャックにかかれば、それは航時の大刀並の威力を発揮する。


 無論、剣自体の切れ味が上がっているのではなく、ジャックの完璧な踏み込みや角度、刃の立て方に持ち前のパワーとスピードが生み出す威力である。


 ならば、最初から本物の、それこそ航時の使う大刀を神具だと言って渡せば、マトモな武器を使っていれば、勝敗は変わっていただろう。


「…………」


 傷ついた腕のプロテクターを眺めながら雅彦は確信する。

 もしも本物の剣ならば腕を失っていたと。

 J・Jこと絶対正義者ジャスティス・ジャック。

 雅彦の師匠という例外を除けば、間違いなく生涯最強の敵だった。


「おらよっと!!」


 航時の声に振り返ると、どうやら向こうも終わりそうだった。

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