第23話 絶対的な正義の味方

「ハァ ハァ ハァ 流石に起きれないから安心しなさいって……フゥ それより、この先に進んだらアレクシアっていうゴスロリ女がいるけど、そいつには情けとかかけちゃダメだからね」

「ヤバイ奴なのか?」

「まあね……あたしはさ、マジ喧嘩でボコれるから箱舟に所属してるんだけどさ、まあバカなチンピラがムカツクっていうのはホントだけど……でもそいつはもっと酷い、純粋に殺しを楽しんでいるっていうか、とにかく陰湿だから、会ったら容赦なく首を撥ねなさい、でないと後悔するんだから」

「忠告ありがとうな」


 雅彦に言われて、眞子が慌てる。


「て、敵にお礼なんか言わないでよ」

「そうかもな、じゃあ行くぞ航時」

「おう」


 二人が階段を上って立ち去ると、四肢を動かせない眞子は仰向けに倒れたまま、首をだけを起こして自分の下腹を見た。


「……」

 頭を下ろして完全に寝転がると、小さく呟く。

「バカにしやがって……」




 九階、ボーリング場。

 派手にドアを開け放って雅彦と航時が入ると、そこには亜美と一緒に三人の人間が立っていた。


 一人はサングラスをかけた長身の男。

 一人はバーテンダーの格好をした少女。

 最期の一人は、眞子の言っていたアレクシアだろう。


 ゴシックロリータファッションの白人少女が背中に人間も切り裂きそうなサイズのハサミを持って立っていた。

 左手には丸坊主になったフランス人形、右手には大きめのハサミを持っている。


「航ちゃん!」


 航時の顔を見るなり顔をパッと明るくした亜美に、航時は開口一番、


「俺の許可無く誘拐されてんじゃねえぞボケ!!」


 と怒鳴った。


「ご、ごめんなさい……」

「てめぇ、家に帰ったらくすぐり三〇分の刑だからな!」

「うえーん、それだけは許してぇ」


 涙ぐむ亜美を見下ろして、サングラスの男、J・Jが口を開く。


「悪いがそれは無理だ。何せ、あの男達はここで死ぬのだからな」

「お前がリーダーか?」


 雅彦の問いに、J・Jが叫んだ。


「いかにも、我が名はJ・Jこと絶対正義者ジャスティス・ジャック! 我は裁く、絶対正義の旗の下、悪を滅ぼさんと立ち会った同胞達と共に、一振りの剣を持って我は裁く!!」


 言って掲げるのは、やはりあの観賞用の剣である。

 その剣の事が大変気になった。

 が、雅彦は無視して大事なところを指摘する事にした。


「もう一つ……どうして人質のはずの倉島が拘束されていないんだ?」


 そうなのだ。

 実のところ言うと、亜美は縛られていない。

 手枷もつけられていない。

 自由なままでジャックの横に立っていた。


「報告によればこの少女、あくまで城谷航時の荷物持ちであり聖騎士団の戦士ではないそうだな。ならばいたいけな少女を拘束するのは私の主義に反する。よって電話で聞いたとおりチョココロネとイチゴ牛乳でもてなしつつ貴様らを呼ぶのに利用させてもらったというわけだ!」


「亜美てめぇ! 何ちゃっかり敵にご馳走になってるんだよ!」

「うぅ、ごめんなさい……」

「ああもうくすぐりの刑明日の夜もやるからな!」

「うえーん、それだけはやめてよぉ」


 緊張感の欠片もない会話を続けて、航時がさらに怒鳴った。


「てか拘束されてないならさっさと逃げろ!」

「そ、それは……」

「無理だな」


 ジャックが言った。

 続けて涼風が前掛けのポケットからアイスピックを取り出す。


「あいにくと我が同胞である無音の涼風(すずか)は耳が良すぎてな。例え視界に入っていなくともこの少女が逃げようとすればその瞬間、涼風のアイスピックが飛んでくる。もとより数が違う。逃げるというリスクを冒すより仲間が助けにくるのを待つべきとこの少女は判断したようだが、正しい判断だ」


 言い終えると、隣のアレクシアが右手のハサミでフランス人形の首を切り落とした。


「J・J、いいから早く、早く殺し合いましょう、絶対正義者の貴方は悪を裁くのでしょう?」


 恐ろしい笑みを見せるアレクシアにジャックが頷く。


「それもそうだな、では、裁きを始めよう」

「裁き? 随分と偉そうだな」


 雅彦の言葉にジャックが返す。


「偉いのではない、真の正義を持つ我らにはその資格があるだけだ」

「資格?」

「そうだ、貴様ら聖騎士団は解っていない。この世の醜さが、生徒を指導できない教師に犯罪者を捕まえられない警察、その犯罪を抑止できない法、国を支える政治家は金と権力に塗(まみ)れこの国の行く末よりも保身の事しか頭に無い」


 ジャックの声には徐々に熱が込もり、ボリュームも大きくなっていく。


「そんな世を、悪を……誰が正す!? 誰が裁く!? 教育者とは名ばかりの親や教師に正せるか!? 

 被害者よりも犯罪者を守るよう作られた生温い法や裁判官に悪が裁けるか!? 

 自らの利益しか見ない政治家に真の平和が勝ち取れるか!? 

 否!  

 そのような事は断じて有り得ん!! 

 力なき口先だけの正義も同じ!! 

 正義には、平和を勝ち取るには力が、武力による断罪が必要なのだ!! 

 悪を更生させる!?

 反省しているから罪を許す!?  

 罪が軽いから見逃す!? 

 その甘く腐りきった思想が今の日本を作っているのが何故わからない!? 

 外道に情けなど無用!!!

 全ての悪を絶対的武力の前に処断し心優しき善良な市民のみを守る。

これこそが真の平和を勝ち取る一番の近道だ!!!

 だから私は貴様ら聖騎士団を憎む、強大な悪のみを討ち取り、細かな部位には目をつむり放置する。それだけならば問題は無い。大きな悪を聖騎士団が、小さな悪を箱舟が処断すれば全ての悪を消せる。なのに貴様らはあろうことか志を同じくするはずの我ら箱舟を悪とみなしてきた。その罪、許せるモノではない!!!」


 言い切った。

 力強く、誰よりも確かな意思を込めて皆の前で言い放ったのだ。


「立派な演説だな、でもなJ・J、その理論だとこの世に生きる大半の人間を殺さないとならないぞ」


 雅彦の返答に、ジャックは剣を握る手を振るわせた。


「そんな事は無い!悪が処断されていけば、いずれ皆気付く!悪は処断されるのだと、悪は許されないのだと、そうなれば悪に犯された本来善の属性を持つ者は眼を覚まし、生き方を変えるはずだ!」


 両刃刀を構えて、雅彦は言う。


「そうだといいな」


 J・J、涼風、アレクシアの三人が戦闘体勢に入る。


「行くぞ、これより裁きを執行する!」


 J・Jの声を合図に三人は同時に駆けた。

 三人が亜美と雅彦達の間の丁度中間に至ったところで、亜美が声を張り上げた。


「航ちゃん武器!」

「ほらよ!」


 右手に大刀を持った航時は、左手に持っていた長大なアタッシュケースを放り投げた。


 放物線を描いて三人の頭上を通り過ぎたケースはそのまま亜美の腕の中にキレイに収まる。


 体格や武器の相性を考えて、J・Jことジャックは大刀使いの航時と、スピードタイプで比較的筋力の弱い涼風とアレクシアは協力して二刀流の雅彦と対峙する。


 同じパワータイプならば体格の優れた者が有利。

 手数で戦う者ならば、その倍の手数を用意すればいい。

 それぞれの得意分野で、かつ相手を上回る布陣。

 最初から数の利もあって、ジャック達の方がいささか有利であるが……


 長大なアタッシュケースを受け取った亜美は即座にケースの取っ手を押し込み回転させた。


 すると、ケースのあらゆる箇所から取っ手が立ち上がり、ケースからは縦横側面合わせて計一〇個もの取っ手が生まれた。


「航ちゃーーーん!!」


 ケースの横端の取っ手を掴んで、ケースの長大さを十二分に生かしたスイングで、亜美はジャスティス・ジャックに殴りかかった。


「!?」


 ジャックは一瞬で飛び上がり、航時との鍔迫り合いから離脱した。


「まさか……」


 目を見開くジャックの先で、亜美は戦士の顔でケースを握っていた。

その横で航時が笑みを見せた。

「悪いけどな、俺のパシリはパシリはパシリでも最強のパシリなんだよ」

「……おもしろい」

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