第22話 ボクシングVS二刀流


 指定された廃ビルに入り、雅彦と航時は両刃刀と大刀を手に廊下を走る。

 すると何秒もしないうちに階段からブレザーを着た少女が降りてきて、こちらへと向き直った。


 学校の制服なのか、スカートにブレザー姿の女子は長すぎる髪を揺らしながら、手にはめた赤いオープンフィンガーの薄いボクシンググローブを前にかざして、気の強そうな目でこちらを睨んでくる。


「雅彦と航時ってあんたらだよね?」

「ああ」


 と答えて、ポニーテールの女子はニヤリと笑う。


「あたしは日迎(ひむかい)眞子(まこ)、あのちっちゃい女は九回のボーリング場にいるけど……」


 眞子は両の拳を胸の前でぶつけ合う。


「どっちかあたしと戦ってくれない?」


 右拳を向けてくる眞子に、雅彦の口が動く。


「二つの拳が武器か、じゃあ俺の二本の刀で斬り捨てる」

「どうそお好きに」


 と航時が言って、雅彦が突っ込んだ。


 瞬速の踏み込みと合わせて振るわれる刀激、だがそれよりも速く眞子の左拳が振るわれた。


 互いの得物が、剣(けん)と拳(けん)がぶつかり、間髪いれず雅彦はもう一本の得物を振る。


「遅い!」


 それも眞子の拳が迎撃した。

 流石は全格闘技中最速の突きと言ったところか……

 ボクシンググローブをはめた拳はAランク戦士にしてスピードタイプの雅彦と遜色ない速力を持っている。


「確かに速い、でも……俺のほうが速い!」


 雅彦の両刃刀が猛る。

 雅彦の二本の刀はさらに速力を上げて眞子に矢継ぎ早に襲い掛かる。


 一〇合、二〇合と打ち合い二人の刀と拳は衝突し交差した。

 雅彦の刀が一〇度振るわれれば一〇の突きで、

 二〇度振るわれれば同じく二〇の突きで全てを防ぎ切っている。

 おそらくボクシンググローブ中には金属が仕込まれているのだろう。

 何度も打ち合おうと眞子のグローブは雅彦の刃に耐え続けている。

 幾度となく打ち合い、

 瞬速の戦いが進み、

 ある時に雅彦が背後の航時に言った。


「なあ城谷」

「どうした?」

「今気付いたんだが」

「おー」


 雅彦が、

「女って斬りにくくないか?」

「今さら気付くなよ!!」


 航時にツッコまれて雅彦は、

「わ、悪い」

 と謝った。


「何、あんた女相手だと闘(や)りにくいタイプ? あんたがあたしの事をどうみようと勝手だけどさ、それならあたしが有利になるよ。ほらほらジャブジャブストレートォオオオオ!」


「ちっ!」


 二人の手数は完全に並んでいた。

 だが、時間が経つにつれて、雅彦はある違和感を感じていた。


(妙だ……)


 二人の手数は同じだ。

 だが、速力は雅彦のほうが勝っていた。

 なのに眞子は雅彦の刀撃を一つ残らず相殺している。


「雅彦、あんたホントに速いよ、スピードであたしを越える奴なんて箱舟の中にも数えるほどしかいないってのに」


「そのわりについてきているな」

「当然、瞬視の眞子をナメないでくれる?」

「瞬視だと?」


「ええ、あたしの動体視力は箱舟最強。

どれだけ速い攻撃だろうと、あたしには手の内見え見えなのよ。

あんたの刀が動くか動かないかって時にはもう拳を打つ。

カウンターもフェイントも、あたしの前には無駄な事、あたしから言わせればホント、世界が止まって見えるわ!!」


 女性らしい華奢な体からは想像できないほど重たい突きをくり出す眞子の力を理解して、雅彦は問うた。


「そういう事か……ところで、京雅時(きょうまさとき)っていう男を知っているか?」

「こんな時に何? あたしは知らないけど、戦士にならこの先に待っている坂街アキラっていう短パン野郎が詳しいわよ」


 雅彦はその返事に満足して、


「ならいい」


 雅彦の刀が同時に振り下ろされる。

 眞子も二つの拳でガードした。

 だが雅彦は体重と筋力で無理矢理押し込んできた。


「ちょっ……」


 眞子が動揺する。

 雅彦は本当にただ力任せに近づいて膝蹴りを眞子の腹に叩き込んだ。

 一瞬、眞子の動きが鈍る。

 雅彦は二本の刀のグリップで眞子の両こめかみを打って挟んだ。

 二つの衝撃が眞子の脳内でぶつかった。

 白目を向いて倒れる眞子を見下ろして、雅彦が言う。


「スピードが効かないなら、力任せに戦うのも悪くないな」

「まっ、女の子だしな、力比べに持ち込めば勝てんだろ」


 航時が雅彦の横に並んで言った。

 そして、二人は階段を上ろうとして、背後の殺気に気付いた。


 女でも戦士は戦士、多少口調が軽くとも彼女も現代には数少ない、ある種の壁を越えた存在である。


 執念とでも言うべきか、致命的な外傷ではなく、衝撃で気を失わせるだけでは彼女の意識を殺しきれなかった。


 立ち上がり、襲い掛かる眞子に両刃刀を向ける。

 眞子の右ストレートが雅彦の胸部に放たれる。

 眞子の四肢が付け根から血を流して、再び眞子は倒れた。

 雅彦が咳き込んだ。

 眞子の一撃をもらってしまったらしい。

 それでも、もう眞子が立ち上がる事はないだろう。


「やっぱ後味悪いな……」


 両刃刀の血を見ながら、そう言う雅彦を見て、航時が違和感を口にする。


「雅彦、何で攻撃変えたんだ? あのまま腹を突いていたらあいつのパンチ食らわずに済んだのに」


 航時の言う通りである。

 今の一秒にも満たない出来事。

 その中で雅彦は眞子に対して反射的に突きを放っていたのだ。

 だが、何故か雅彦は突如刀を引いて、四肢を斬りつけた。

 そのような面倒をしなければ、雅彦は無傷で眞子に勝てたはず。

 ならば何故そのような事をしたかといえば……


「だって、俺の刀、こいつの下腹に向かっていたから……」

「?」


「もしもだぞ、もしもこいつの子宮に当たって……子供を産めない体になったらかわいそうだろ……」


 その答えに、航時の顔が歪んだ。


「へー、そういう事気にするんだ。雅彦ちゃんてばやーさしぃー、かーわいー、お前の紳士っぷりは麗華ちゃんに報告するから安心していいぞ」


「ッッ、変な解釈するな!」

「ちょっとあんた」


 顔だけ起こしている眞子。

 そのタフさには雅彦も航時も舌を巻いた。

 武器を構える雅彦に、息を切らしながら眞子は言う。

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