第21話 日本には正義が枯渇している


 ありがちな場所ではあるが、とある廃ビルの最上階、その一室に数人の男女が集まっていた。


「というわけで今のこの日本には正義か枯渇している。

この世に存在する人間は等しく幸せになる権利があるのであってそれを害する悪は粛清せねばならないのだ。

 人は脆く、弱い存在だ。

 その悪に染められ善の心を持つ者も悪の影響を受けて悪になってしまう場合も少なくない。

よって聖騎士団のように強大な悪だけを潰すなど生温いのだ。

 小さな悪も、これから大きく成長する可能性のある悪の芽は全て摘み取らなくては人の社会に未来はない。

 私の言っている事が解るかな倉島(くらしま)亜美(あみ)」


「まあ……なんとなくは……」


 目の前で演説をするサングラスの男が買って来たチョココロネとイチゴ牛乳を食べながら亜美は小さく頷いた。


「そのくらいにしておけよジャスティス(J)・ジャック(J)」


 口を挟むのはパーカーに短パンサンダルを身につけたメガネの青年である。


「坂町(さかまち)アキラ」


 アキラと呼ばれるそのメガネの青年はサングラスをかけた男、J・Jをやや睨んで口を動かした。


「どうせ殺す奴に箱舟の精神論言ったって意味ないだろ、なのにわざわざチョココロネにイチゴ牛乳まで買ってきやがって」

「いくら聖騎士団側の人間とはいえ、少女を苦しめるのは私の意に反する。せめて好きな物くらい食べさせてやってもいいだろう」


「聖騎士団よりもお前のほうがよっぽど甘くさいんじゃないのか? 城谷と雅彦が来てもちゃんとやれんだろうな?」


 疑いの目を向けるアキラにJ・Jは毅然とした態度で返す。


「心配するな、奴ら聖騎士団は偽りの正義を掲げ我が同胞達をその手にかけてきた憎むべき悪だ。この聖剣エキュスカーバーの錆びにしてくれる」


 言って掲げるのは、やはり観賞用に作られたメイドイン台湾ブレードである。

 やや間を置いてからアキラが、


「あのよう、前から言いたかったけどそれは聖剣じゃな――」


 アキラの口はグレープジュースで満たされたグラスで塞がれて、言葉が止まってしまった。


 グラスを持つのは前かけをつけたバーテンダー姿の少女である。

 グレープジュースを飲み干して、アキラが眉根を寄せた。


「涼風……」


 無言のままに首を横に振る涼風、部屋の隅では、


「クックックッ、妄信バカと家電バカ、クックックッ」


 ウェーブヘアーのゴスロリ少女がフランス人形の髪をハサミでチビチビと切りながら薄気味悪く笑った。

 趣味さえ直せばさぞモテたであろう顔からは邪悪なオーラが吹き零(こぼ)れている。


「なんだとゴス女、家電マニアの何が悪いんだ!」

「この前だって変な掃除機買ってたじゃない、金の無駄よねぇ」

「おいおい新商品のハルマゲドン掃除機の威力も知らないくせにケンカ売るなよ」


 眉間にシワを寄せて、アキラは指を開いた。

 合わせて涼風が言う。


「アレクシア……アナタのゴシックロリータファッションも、多分無駄遣い」

「その通りだな、今はまだ若いからいいけど、お前それ三〇のオバサンになってもやってたらコントだぜ」


 涼風には反応せず。

 アキラの言葉にアレクシアはピタリと動きを止めた。

 フランス人形をテーブルの上に置くと側においてあった巨大バサミを手に取り、


「坂街ぃ、チン○斬り落とそうか?」


 人間の胴体も真っ二つにしそうな得物に身震いして、アキラは後ろにさがった。


「なあなあ、ジャックの剣てそれどこの聖剣?」

「むっ、これはヨーロッパから流れ着いたものらしい」


 箱舟五人目の戦士。

 パーカーの上にブレザーを着た腰まで伸びた超ロングヘアーの女子が近づいて、指で聖剣の柄を差した。


「これMADE IN TAIWANNて書いてるよ」


 アキラと涼風の顔が硬直して、だがJ・Jは、


「うむ、珍品堂の店主によるとこれは盗賊から聖剣を守るためのカモフラージュとして店主自らが書きこんだらしい。

おかげで私が買うまで一〇年間も売れ残り、悪の手に渡らずに済んだのだ。

 どうやらこの剣は私が使うために生まれたようだな」


 胸を張って答えるJ・J、それにブレザーの少女は手を叩いた。


「へー、さっすがみんなのジャスティス・ジャック、ほんじゃ雅彦達も自慢の聖剣でズバット頼むよ」

「うむ、頼まれたぞ」


 笑い合うJ・Jとブレザーの少女を見ながら、アキラは溜息をついた。


「この面子(めんつ)で大丈夫かよ……」


 涼風が、フォローのつもりなのか、


「……J・Jの実力は箱舟トップレベル」

「それがますます気にくわないんだよ」


 肩を落としたところで携帯電話が鳴り、アキラは買い換えたばかりの携帯電話を取り出して応対した。


「わかった……」


 携帯電話を閉じて、アキラがスッと顔を冷ました。


「連中がきたぜ、数は二人、航時と雅彦だ」


 明るく笑うブレザーの少女を除き、全員の顔が引き締まる。


「よし、大勢ではないようだな。では迎え撃つぞ、九階ボーリング場に移る」


 皆が部屋を出ようとして、アキラだけはその場から動かなかった。


「俺は後で行く」

「なんだ、何かトラブルか?」


 尋ねるJ・Jに、アキラは自分のすぐ側のテーブルに置いてある大きなバッテリーを指差して、パーカーとシャツをめくった。


 アキラの背中から直接生えているコンセントとバッテリーは繋がっていて……


「充電中だ」


 場に流れた沈黙は、ブレザーの少女が破った。


「あー悪い、さっき寝てたから携帯の充電に電器もらっといた」

「いい加減俺を充電器にするのやめろ……」


 額に青筋を浮かべるアキラに、フォローは誰もしなかった……

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