第17話 腐ってやがる
その夜、神宮寺麗華(じんぐうじれいか)は外着に着替え、出かける準備を完成させていた。
出かける際にはかならず雅彦に連絡し、尾行してもらうか、でなければおおっぴらに雅彦と並んで出かける事になっている。
のだが……
「ったく、監視なんかされてたら買い物なんかできないっての……まあそういうわけだから……」
言って、麗華はわざとらしく雑誌をバサッと広げてリビングのテーブルの上に無造作に投げた。
さらにパソコンに保存しておいたメドレー曲を結構な音量で流した。
音を誤魔化すためだ。
雅彦の聴覚を含めた優れた五感がどの程度のものかはわからないが、念には念をと取った行動だ。
気配を誤魔化す方法はわからない。
だが、そもそも殺気や闘気の無い自分からは大した気配などないだろうと、雑誌を置いたテーブルの前に大きなテディベアのヌイグルミ、テーブルの上にジュースとお菓子を完備、人がいるような雰囲気だけは作っておいた。
ゆっくりと足を進めて、靴を履く。
最後に曲のサビ部分に入り、BGMが一際大きなビートを刻んだのに合わせてドアを開いた。
これまたゆっくりと雅彦の部屋の前を通り過ぎて、麗華はエレベータに辿り付くと息をついた。
「ふー、なんとか誤魔化せたみたいね」
こうして、麗華はエレベーターで雅彦から遠ざかって行くのだった。
同じ頃、航時は大刀ケースを持った亜美とゲームセンターでクレーンゲームをして遊んでいた。
「うっしゃ、一発ゲット、やっぱ俺天才じゃねえの、亜美、あともう二、三個取ったら交差点でナンパだかんな」
「うん」
亜美が頷いてから航時はまた一〇〇円玉をゲームに入れようとして、その手がピタリと止まった。
航時、亜美の二人は無言のままにクレーンゲームから離れるとそのままゲームセンターからも出る。
二人の足は路地裏に入った。
人々の目から隠れて、跳んだ。
アスファルトから離れた二人の体は左右のビルの窓枠を、鉄格子を、パイプを足場にして跳躍に跳躍を重ねてみるみるうちに空に近づき、やがてビルの屋上に降り立つ。
反対側からも別の影が飛び出して屋上に降り立つ。
「箱舟は俺らを無視することにしたんじゃねえのか?
それとも俺って戦士からもモテちゃってる?」
「そうだ」
茶色いパーカーを着た長身痩躯の男はあっさりと答える。
「確かにお前の言うとおり、上からは聖騎士団との戦闘行為を控え、悪への断罪を優先するよう言われている。
だが、そもそも箱舟はお前らが考えているよりも行動に制限が無い、今言ったようにお前らとの戦闘も『控えろ』とは言われたが『禁止』とは言われていない、だから個人的に戦いたければそれは構わないというわけだ」
「っで、俺がモテた理由は?」
聞かれて、パーカーの男はニヤリと笑った。
どうやって隠していたと聞きたくなるが、パーカーのポケットに両手を突っ込んで、中から草刈り鎌を一本ずつ取り出した。
「城谷航時、京雅彦との戦いで傷ついた体でマトモに戦えるのか?」
航時の表情が一瞬冷めて、
「こいつ腐ってるわ……亜美」
亜美が長大なケースを開放、中から大刀を抜き放ち航時がすばやく掴み取る。
「俺の武器ってデカイからよ、目立つんでよく箱舟とは戦ってきたけど、他の奴はお前よかよっぽどマトモな頭してたぜ」
「生温いみせかけの正義を語る聖騎士団よりマトモな自信はあるぞ」
「へぇー……そうか」
航時の表情に悦が入る。
「よッ!!」
跳んだ。
航時の体がパーカーの男の元へと一瞬で移動する。
大刀を持つ戦士とは思えない速さに相手の男は少なからず動揺し、それでも航時の大振りな攻撃をかわした。
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