第13話 粛清3
また別の場所。
今度は地下のバー、ただし航時が行っているオシャレな場所では無く、チンピラや元犯罪者などが溜まり、中にはタバコの形状をした麻薬を吸っている者すらいる。
今はこの店でもっとも客が多い時間帯である。
その中でも、今夜は特に客が多い。
満席で壁に寄りかかりながら酒を呷る者や、テーブルに腰をかけてタバコを吸いながら談笑する者もいた。
ここまでの量の客、次来るのは果たして何日後か……
カクテルの注文を受けた若いバーテンダーの女の子が、いくつか酒を取ってシェイカーに入れて降り始める。
外にハネた黒い髪は前髪だけは長く、中分けにされた髪の先端は首元までキレイに伸びている。
少女はパッと見高校生だが、ミステリアスな雰囲気を漂わせ、涼やかな顔立ちの美しさを際立たせている。
その落ち着きや表情は、一〇代の子供に出せるモノでは無かった。
カウンターの客にカクテルを差し出したところで、また新たな客が入る。
代わりに別の客が出て行こうとして、
「お待ちくださいお客様」
涼しげな音色に客の足が止まった。
「おっ、なになに、なんか俺に用?」
締まりのない顔でバカな想像をしつつ、店から出ようとした客が尋ねると、少女は店のカギを閉めた。
「?」
客は不思議そうに見ている。
その前で、少女は前掛けについた大きなポケットに手を入れて、氷を砕くためのアイスピックを取り出した。
男の体が後ろに傾く。
ドサッと床に倒れた音で近くの客が目を向けて、女性客が悲鳴を上げた。
男は死んでいた。
額には小さな穴。
そこから血が絶え間なく流れ出して、奇妙な行動をとっていたバーテンダーの少女の手には、血に濡れた一本のアイスピックが握られている。
「ちょっ、あんた何やってんのよぉおおおおお!!」
女性客の声に周りの客も気付いて、だがもう遅かった。
少女が再び前掛けのポケットに手を突っ込むと指の間に計三本のアイスピックを挟み、両手合わせて六本のアイスピックが出揃った。
少女の腕が、残像を残すほどの速度で振るわれた。
六本のアイスピックは鋭い先端で空間を貫きながら指より射出される。
ただの一本も外れる事は無かった。
アイスピックは六人の客の脳天を直撃、根元まで深々と突き刺さった。
他の客が驚く間も無く、少女は第二撃、三撃と放つ。
その度に弾丸よろしく飛び出したアイスピックに客が悲鳴も上げずに六人ずつ絶命していった。
だがそこは反社会的な連中の溜まり場。
小物のチンピラは物陰に隠れて震えるが、ケンカ師やその筋に人間がナイフ片手に少女に立て付いた。
その中に虚は無かった。
おそらく、少女に走り込んだ六人の男性客全てが人を刺した経験を持ち、中には人を殺した者もいるだろう。
だが、少女の放った六本のアイスピックをかわせた男はいなかった。
少女の横から体格の良い男が蹴りかかった。
その足を自分に当たる前にアイスピックで串刺しにした。
男が激痛で体勢を崩して床に転ぶと脳天にアイスピックが飛んできてまたも死人が増える。
後はもう小物しかいない。
だが、もとより彼女にはこの店の客を誰一人として生き長らえさせるつもりなどないのだ。
すでに三〇人近い人を殺しておいて、少女の表情は氷のように冷たいままで、そこには何の感情も無い。
殺しを悲しむわけでも、
恐れるわけでも、
楽しむわけでもない。
調理人が魚をさばくように、
客が刺身を食べるように、
彼女は人を殺すという行動に特別な感情は抱いていない。
残りの客は投擲(とうてき)ではなく、両手に一本ずつのアイスピックを持って直接刺し殺していった。
その素早さたるや陸上選手や体操選手の比ではなく、戦士の瞬発力で接近しては刺して、次の客の元まで一度の跳躍で移動してまた刺して、その手際といったらまるで忍者映画やゲームを見ているようだった。
最後にトイレのドアを開けた。
中に隠れていた男を見下ろす。
子供のように震える元犯罪所の男が必死に命乞いをする。
涙を流し、震え、必死に懇願するが、少女のアイスピックは男の脳にスッと突き入れられた。
振り返れば、店内は頭以外には外傷の無いキレイな死体でいっぱいだった。
それでも貫かれた脳から流れる血で店内の床は赤く染まり、少女は死体と紅い水たまりを踏みながら店の出口へ向かった。
ドアを開いて、一度だけ店内を振り返り、
「新しいバイト先探さなきゃ……」
呟いた少女を呑み込み、店のドアは無音で閉まった。
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