第9話 本物の戦い


「お待たせしました。

それでは選手の入場、美しい戦いかたで魅了してくれる我らのヒーロー、身長一七七センチ、体重六五キロ、双牙流剣術の使い手……

京(きょう)!! 雅彦(まさひこ)ぉおおおおおお!!!」


 天井を貫かんばかりの歓声を浴びて、選手の入場口から雅彦は姿を現した。

 両手にはやはり両刃の刀が握られている。

 アームウォーマーも無く、包帯とプロテクターが剥き出しである。


「それに対するはBランクからの挑戦者、身長一八二センチ、体重七三キロ、そして驚き流派は我流アドリヴ剣術、城谷(しろたに)航時(こうじ)だぁああああ!!」


 入場口から長大なアタッシュケースを持ち、紺色のワンピースを着た少女を引き連れ、航時は武器も持たずに軽い足取りでリングに上がり、拳を高く突き上げる。


「お前ら、今日は楽しませてやんぜ!」


 自分の言葉に観客が沸き上がるのを確認してから、航時は横の少女に右手をゆっくり差し出した。


「亜美」

「うん」


 亜美と呼ばれた小柄な少女はアタッシュケースを開けると、中からケースと同じく、長大かつ肉厚な刀を取り出し、航時に手渡した。


 身の丈近くある大刀を片手で軽々と扱い肩に引っ掛けると前に進み出て、逆に亜美はリングの外に出る。


「航ちゃん、勝たなくていいからあまり怪我しないでね」


 不安いっぱいの顔で見てくれている亜美を振り返り、航時は睨む。


「バカ、どうせなら勝てる応援しろ」

「おい城谷」


 雅彦の声に航時は向き直る。

 そこには戦闘に入り込み、全身から闘気を溢れさせ、鋭い眼光を放つ雅彦がいた。


「俺が勝ったら、親父の居場所を教えてもらうぞ」

「せいぜい頑張りな」


 お互いに視線をかわし、司会者が大きくバックステップしてリングから離れる。


「では、レディーファイト!!」


 雅彦が回転を加えながら飛ぶ。


 航時がそれを真正面からパワーで叩き落す。


 一〇キロを軽く越えるであろう大刀を軽々と扱う筋力と重量を存分に発揮させた一撃は雅彦を切り伏せたように見える。


 だが雅彦は自ら縦に回転して航時に縦斬りの一撃を放った。


 それを大刀のグリップで受け止めて、航時はすぐに体勢を立て直してまた雅彦に斬りかかる。


 雅彦は航時の重い刃を体ごと回転してその運動エネルギーを外へ逃がす。


 一見すると航時の戦い方は大雑把なパワーファイトに見える。


 しかしその実、的確な判断で立ち回り、全ては自分と相手の立ち位置と体勢を頭に入れての事だ。


 隙はあるようで無く、雅彦が刀を振るっても絶妙な足捌きや胴体をひねることでかわし、もしくは大刀を巧みに操り防ぐ。


 雅彦の鋭い連撃が航時に襲い掛かる。


 航時は大刀の刀身とグリップの両方を使って器用に二枚の刃を弾き、直撃を免れ続けている。


「やるねえ、やっぱAランクは違うな」

「当たり前だ!」


 雅彦の刀が加速して、航時に当たらないまでもジャケットやズボンにかすり始める。


「…………」


 この戦いを貴賓席から見ていた麗華は、司会者の言っていた美しい戦い方という言葉に納得した。


 雅彦の戦い方は、とにかくアクロバットの一言に尽きる。


 まるでコマのように回転しながら相手の攻撃を受け流し、遠心力と速力に満ちた斬撃を的に浴びせて行く。


 回転は横だけでない。


 縦に、

 斜めに、

 そして地上と空中、

 航時の真上で回転しながら斬りかかる事もある。


 試合というよりも、まるで演舞を見ているようで、麗華は素直に雅彦をカッコいいと思えた。


 今まで表の世界で平和に暮らしてきた麗華からすれば、雅彦達の馬鹿げた身体能力とそれから生まれる戦いは驚きの連続で、しばらくは危険な殺し合いという事すら忘れさせるほどのインパクトがあった。


 右回りだった雅彦は、不意に逆回転して航時に斬りかかる。


 反動で威力を増した予想外の一撃に航時の反応がやや遅れた。


 雅彦の左手に握られた刀の先端が航時の腹部を浅く斬る。


 黒いシャツのせいで服に血が滲んでも分かりにくいが、切れた服の隙間からは赤いものが見えている。


「先手を取られちまったな」


 航時が大刀を振るい、雅彦は身を低くしてそれを避ける。


「こっちの攻撃はちっとも当たらないのによ!」


 空振った大刀を、バックステップで距離を取りつつ強靭な筋肉でまた振りなおした。


 身を低くしたまま、雅彦は低空跳びで航時に接近を試みた。


 しかし、刃は雅彦の予想よりも早く帰ってきた。


 だが今度は高く飛び上がって避ける。

 雅彦の体は航時の頭上を飛び越した。


「!?」


 航時が雅彦を仰ぎ見る。

 雅彦と視線が交わって、航時は右肩が熱くなるのを感じた。

 背後に着地した雅彦の間髪いれない横振りの攻撃を防いで、航時は笑った。


「やるじゃねえか、やっぱこうでねえと……」


 ジャケットの右肩がダークグリーンから赤へと変わり、航時の筋肉が吼えた。


「おもしろくねえよなぁ!」


 楽しそうに笑いながら、航時は矢継ぎ早に大刀を振る。


 その猛攻を全てかわし、雅彦は瞬速の太刀筋で航時の腕や頬を斬りつけ、脇腹にも何度か刃を入れた。


 増大し続ける出血量に、航時の身体能力は徐々にだが下がっていく。


 それでも油断は出来ない。


 航時の一撃は当たればそれだけで致命傷は免れない。


 斬りつけられ、体から血を流しているのに、何故か楽しそうな航時。


 一撃でも喰らえば負ける中、冷静に、そして的確に攻撃をかわしながら戦いに集中する雅彦。


 躍動する筋肉。

 飛び散る血。

 鳴り響く金属音。

 前に、初めて戦いを見た時は、嫌な感じがした。

 ルールも何も無い。

 ただの殺し合い。

 正義も何も無い。

 ただの暴力。


 そんな先入観があったからだろう。


 なのに、今の麗華は感じた事の無い興奮に満たされていた。


 心臓が高鳴り、手には汗を握っている。


 雅彦と航時の衝突から目が離せず、二人の姿へ、無意識的に一つの感想がよぎる。


 (キレイ……)

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