第16話 NGワード
「ねえ、蓮君」
「なに!?」
ヤバイ、声が上擦っちゃった。少しの刺激も与えたらまずいのに。でも怖いんだ。いつ刺されるのか、想像したら。血がいっぱい出るのかな、痛いだろうな。
「顔色が悪いよ。風邪でも引いた?」
「ううん。元気! 平気だから!」
「そう」
ずぅぅぅっとにこにこしてる。目が笑ってないけど。貼り付いた笑顔でこういうことなんだぁ……知りたくなかった……。
「座るんだっけ」
「うんうん。座ろう!」
由奈がテーブルの前に座る。包丁はそのままに。ダメだ!
「昨日さ」
「うん?」
「どこ行ってた?」
「どこって」
……バイト先の下の階にある百貨店回ってたよ、高橋さんと! これだ! 理由これだ! まだGPSアプリ入れられてないのに、なんでバレた。絶対浮気だって勘違いしてる!
大学の時間だったのに。休講になってたまたま新宿いてたまたま俺を見たとか……どんだけたまたまだよ。友だちが見たのかな。俺の顔を知ってる友だちか、高校の奴しか思い浮かばないけど、もしそうならわざわざ由奈に知らせないでほしかった。
「友だちに頼まれて買い物付き合ってただけだよ」
ここで変に隠したら余計こじれる。素直に伝えて誤解を解かないと。一つでも間違えたら俺はここで終わってしまう。
「ふぅん、友だちって女の子?」
「そうだけど、由奈が思ってるようなことはない。大学が一緒なだけだから。買い物したらすぐ帰ったし、ほら、俺はバイトだったじゃん」
「そうだ、バイトだったね」
誤解解けたか……?
俺、刺されない……?
いや、一般的に考えてみよう。いくらなんでも今日まで警察のお世話になったことのない人間が、疑惑を持ったからといって簡単に人を刺すだろうか。答えを聞き出す道具として、念のため持ち込んだに違いない。念のための割にラスボス持ち込んじゃったけど。そもそも、ここまででバレたら終わりだし。この子凶器抱えて電車で来たの!? 鞄の中身見られなくてよかったね!?
「楽しかった?」
「楽しいっていうか、買い物しただけだから特に何も」
「何も思わないことはないでしょ。楽しかった? 楽しくなかった?」
「えぇ……友だちだから、楽しくなかったってことはないけど……」
「ふうん」
笑みが濃くなる。
心なしか包丁を持つ手に力が籠った気がする。気のせいだよね。目の錯覚だよね。滝汗が止まらない!
「楽しかったんだぁ」
「友だちとしてだから! 由奈も明日は友だちと出かけるじゃん。楽しみでしょ?」
「蓮君といる以外はそんなに楽しくない」
「そうなんだぁ」
困ったぁ! 俺以外楽しくないんだ。へえ~。嬉しくない事実を知ってしまった。まだ幸せだった頃の俺なら嬉しいかもしれないけど、今この状況じゃ恐怖を倍増させる呪文でしかない。俺は友だちといる時も楽しいよ。もっと世界を広げてみた方がいろんなことが見えていっぱい笑えるよ、多分。
「蓮君」
「うう、うん」
「私のこと好き?」
「好き、だよ! 何言ってるの!」
ダメだ。気を付けているのに声が大きくなる。だって怖い。精神がちょっと怪しい恋人に包丁突きつけられてるんだぞ。誰が冷静でいられるか。
「本当?」
「嘘吐くわけないじゃん! 由奈に噓吐いたことないよ」
「だよね」
ないよ。ないったらない。だから許してお願いします!
「じゃあさ」
「うんッ」
「大学卒業したら結婚してくれる?」
「うんッ?」
ぶわッッッッ。
鳥肌が全身を襲った。け、けっこ? けっこ、ん……?
――ええええええNGワード来たぁぁッッッッ!!
どうする。これに答えたらまた結婚ルート突入だ。でも、ここで拒否したら人生終了だ。どっちが正しい。どっちでも俺は詰む。どっちって、嘘吐きたくないしさぁ!
「ねえ」
迷っている間にも、由奈がじりじり迫ってくる。さ、先っちょ、先っちょが俺のお腹に当たりそうなんですけど! もうすでにちょっと痛い気がする。
「結婚してくれるよね?」
「は……はいぃ……します……」
俺は包丁で刺されない方を選択した。さっそく嘘を吐いてしまったわけだけど、これはもう誰だってそうだろう。ね!? 今までのことを考えると結婚ルートでも死ぬ可能性有るけど、包丁突きつけられて「ほら刺せ!」なんて言えるのは、自分より大切なものが命の危機にあってそれの身代わりになる聖人か、単なる狂人くらいじゃないのか。それに、今死んでしまったら未来にも戻れず永遠の死が訪れるかもしれない。
俺も子どもが出来たら分かるのかな。
誰との子どもだろうなぁ――……。
シュルルルルルルルルッ!!!
――やっぱり!
結婚がNGワードで間違いない。見覚えのある走馬灯みたいな未来への早送りが始まった。結婚するのか。奇跡が起きて違う人とだったり。
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