第5話 旅に出れば逃げられるかな

「あのさ、そろそろ仕事が増えてきて残業が多くなるから、デート少なくなっちゃうかも」

「ふぅん、そっか。忙しいなら仕方ないよね。元々私が忙しくて今月あんま会えなかったし」

「ごめんね」

「いいよ」


 そう言って、由奈が乗り換えの電車に乗る。それを見送り、ようやく深いため息を吐いた。


「はぁ~……勘繰られなくてよかった」


 よろよろと壁の方に向かい、その場に蹲った。幸い、人通りの多い駅では、こうしていても誰も心配の声をかけてこない。こんなんで体持つかな。二十三歳の俺だったら元気でいられただろうけど、如何せん俺は「地雷:由奈」になってしまった二十八歳の俺だ。ハグ一つとっても、一日分のエネルギーを消費する。


「どうすっかな」

「蓮?」

「え?」


 壁に向かって独り言を言っているはずが、真上から名前を呼ばれた。渋谷駅でしゃがみ込んでいる大人に話しかけるなんて心臓が鋼か。いや、名前知られてるってことは知り合いってことだ。そりゃそうだ。


「よっしーじゃん」

「よぉ」


 よっしーこと緑谷みどりやまことが立っていた。なんでよっしーかって、当時テニス部に入っていたよっしーが試合でサーブが決まるたび「よっし!」っていちいち喜んでいたから。それだけで大人になってからも中学の同級生からはよっしーって呼ばれている。ちょっとごめん。


「何してんの、酔っ払いの物まね?」

「そんなこと渋谷でしたくない」

「そりゃそうだ」


 よっしーは結婚式にも来てくれてたなぁ、ありがとう。呼んだの由奈だけどありがと。中学と大学一緒で大学が違った由奈とは接点ほぼゼロなのに呼ばれててさすが。


――もしかして、GPSだけじゃなくて、俺のスマホ情報ダダ漏れになってったってこと……?


 俺に対して犯罪行動し過ぎじゃない? 俺がそうさせる程心配だった? 別にやましいこと一度も無かったんだけどな。俺側は由奈に疑い持ったことも何か調べたこともないし。


「考え事してただけ。よっしーこそ、大荷物でどこ行くの。夜逃げ?」

「違うわ~~~い! これはね、カメラだよ」

「カメラ? カメラで大荷物?」

「見る? 特別だよ?」


 大柄の男に首を傾げながら小声で言われてもあれだが、見たいので見させてもらう。黒い大きなバッグの中には、カメラの他に、三脚、その他充電器やら機材が入っていた。想像以上に本格的だ。趣味の域を超えている。


「仕事?」


 聞きつつ、そういえばよっしーの仕事が何なのか知らないことに気が付いた。営業だった気がするんだけど。


「外れ。仕事が終わって、これから泊まりで写真撮りに行く。一緒に行く?」

「飲み行く? みたいなテンションで旅行誘わないで」

「あは、そういや泊まるところシングルだからお前が来ても野宿決定だったわ」

「クッソ! 気を付けていってらっしゃい!」


 よっしーはまだ笑いながら人込みに消えた。常時笑い上戸なんだよな。車内でも笑ってたら不審者扱いされるよ。


「帰ろ」


 意外なところで気分転換になった。向こうは土日は研修期間が終わるまでシフト入ってることが多いので、静かな週末を過ごせそう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る