第4話 有能アプリ

 誰かと待ち合わせか? 誰かとこんな時間に遊んでいるのを今までに聞いたことないけど。それにしても偶然過ぎやしないか。こちらも気付いていない体で通りすぎるべきか悩んでいたら、由奈が顔を上げた。


 目が合う。それはすぐに弧を描き、偶然の予想が外れていることを意味していた。


「蓮君」


 声がわずかばかり固い。十年以上一緒だったから分かる。笑顔なのにちょっと怒ってる時の声だ。さすがにブチ切れ案件をやらかしたのは別れ話だけなので、どの程度の怒りまでかは分からないけど、とにかく機嫌が悪いことだけは理解した。


「おッまさか」

「……そのまさかです。約束してたわけじゃないんですけど、たまたまここにいたみたいで」

「えぇ~! 運命じゃん!」


 大げさに驚かないでほしい。由奈がすっごい喜んでるから。ものすっっっっごい。


「初めまして、山川です」

「初めまして、堀塚君の先輩やってる吉田です。邪魔しちゃ悪いから俺はここで帰るね」

「え、あ、吉田さんッ」


 引き留める間もなく、吉田さんは人込みに紛れてしまった。気の遣い方のタイミング~~~~! 良い人だし、良いタイミングだとは思うけど! それは一般的な状況であって、バッドエンドを望む俺には逆効果です……。締めのラーメン……。

 残業して会う機会を減らそう作戦は、一日目にして失敗に終わった。何故だ。


「あ! GPS?」

「ぴんぽ~ん」


 由奈が勢いよく抱き着いてきて言った。公共の場であまり抱き着かないで。


 GPS……GPSかあ……逐一チェックしてる感じですかね。止めてほしいって言ったら暴れるかな。でも、アプリを入れるかどうかの権限は本人にあるはずだよね。由奈はきっと由奈を中心に地球が自転しているんだろう。由奈の世界では由奈かそれ以外。俺はわりと近いところにいるけど、やっぱり由奈じゃないから、由奈の想い通りにならないと罰を受ける。


「遅い時間にこんなところで一人は危ないよ」

「蓮君いるから大丈夫です」

「その蓮君は先輩と飲み会だったんだから、それまで一人だったでしょ」

「大丈夫です。強いから」

「そうでした」


 そういや、由奈は合気道をやっていたとかで、その辺の男子よりずっと強い。ふわふわした服と綺麗というより可愛い見た目から、イケそうだと思われて適当な男が寄ってくることがあるけど、無理矢理連れていかれそうになった時はその男を投げ飛ばしていた。合気道ってそういう武道なんだっけ。てっきり女子が危険な目に遭わないための護身術程度に思っていた。


 そうだよ。めちゃくちゃ強いんだよ。俺もうまいこと段々嫌われていかないと、ナンパ野郎の二の舞になっちゃう。全治三か月とかなりたくない。結婚したくないけど、それが理由でもう死にたくない。


「とりあえず、帰ろうか。途中まで送るよ」

「ありがと」


 どうやらGPSが会社と自宅以外を示していたため、様子を見に来ただけらしい。今からデートにならなくてよかった。明日だって仕事が、無いや。土曜日だ。でも由奈はある。


 山手線で渋谷駅まで一緒に行く。俺の家は反対側だけど、彼氏として少しは送らないと示しがつかない。というか、後で何か言われそう。


「もう九時だから気を付けてね」

「うん。蓮君も」

「俺は大丈夫」

「男子だって事故とか事件とか巻き込まれるかもしれないよ。それに蓮君の方が弱いんだから」

「あはは、分かった」


 弱いと言われたらもう反論出来ない。当たり前に両手を広げてきた由奈に戸惑いつつ、一瞬だけハグしてそっと離れた。

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