第3話 会社が癒しだと思う日が来るなんて

 結局、あれから一か月過ぎてしまった。新入社員の俺はわりと楽な仕事を与えられていて、当然だが難なくこなせるので毎日定時で帰っている。ただ、由奈の方が忙しいらしい。接客業なのでシフト制だと言っていた。だから、幸か不幸か、デートはこの一か月で二度だけだった。

 喜んでいる場合ではない。これではずるずると続いてしまう。そこではたと気が付いた。


――会えないなら、俺も忙しいことにして、自然消滅を狙うか。


 カップルの別れ方の理由として、自然消滅はよく聞く話だった。お互い忙しくて段々連絡を取らなくなったとか、遠距離で会わなくなってそのままとか。その場合、いつ別れたのか、別れている状態なのか自分にはよく理解出来ないが、由奈と離れられるのならなんだっていい。これなら暴言を吐いて傷つける必要も無い。精神衛生上とても良い。


――ということで、明日からは積極的に仕事をもらって、残業して帰ろう。


 残業すれば、あちらが早く帰れる日があってもデートしようとはならない。お互いの職場は電車で一時間近く離れているのだ。

 翌日、さっそく俺は実行に移した。


「吉田さん」

「お~堀塚。どうした? 分からないとこあった?」

「いえ、頂いた仕事が終わったので、他にもあったらおっしゃってください」

「マジで? 終わったの、すごいじゃん」


 バシバシ背中を叩かれる。ちょっと痛い。

 吉田さんは俺の二つ上の先輩で、俺の教育係であり、席も隣。まだ研修期間だから、会社にいる時のほとんどは吉田さんと会話することになる。

 体育会系の見た目通り、中身もあっさりしていて、嫌味っぽくなく、そして声がでかくて体もでかい。同じフロアにいさえすれば、吉田さんがどこにいるかすぐ分かるくらいいろいろでかい。


 ただ、残念なことに、二年後に他県へ転勤してしまう。なので、懐かしさもあってわりと今楽しい。吉田さんが転勤する事実を俺しか知らないんだけど。


「無理しなくていいから」

「少しでも新しいこと吸収しておきたくて」

「ッかぁ~~~、良い後輩を持って幸せだよ。今日飲み行く? あ、これも無理だったらいいよ」

「行きます。有難う御座います」


 退社後の飲みも強要してこないところもいい。だからこっちも断らない。つくづく良い先輩に当たったよなぁ。


 定時をやや越えたところで会社を出る。目指す先は駅前の激安チェーン居酒屋。先輩と言っても三年目でこちらは一年目の若造、まだ余裕の無い二人だから毎回数時間いて二千円程度の店を選ぶ。目的は食事というより、ビールを飲みつつわいわい話せる場所なので、ここで十分。

 乾杯をして適当な話に花を咲かせて一時間。まだ十九時台。そして今日は金曜日。出来れば二十二時くらいまでは飲んでいたい。


「彼女いるって言ってたけど、遅くなって平気?」

「大丈夫です。一緒に住んでるわけじゃないので」

「そうか。じゃあ、飲もう飲もう」


 良い気分で二時間が経過して、締めにラーメンでもと店を出たところ、目の前に由奈がいた。

 ガードレールにもたれかかり、スマホを弄っている。今日は彼女のシフトが入っていない日だった。下を向いているので、まだ俺に気付いてはいない。


「ゆッ……! ッッ!?!?」

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