第2話 不法侵入って言うんだよ
「あ~、寝坊したと思って焦ってるんだ。大丈夫、まだ七時。待ち合わせまで四時間あるよ」
「四時間前に来たんだ」
「そうなの。会いたくて」
「そっかあ」
驚き過ぎて気絶すら出来ないし、この頃から由奈はヤバかった。
「合鍵、渡してない」
「うん。作ったの」
良~~~~い笑顔だね。勝手に他人の鍵作るの犯罪って授業で習わなかったもんね。習わなくても分かるけどね。
とりあえず、整理してみよう。俺は死んだ。あの轢かれ方ならきっと。空が近く見えたし。で、ここは昔の俺の部屋。つまり、過去に戻ったと。じゃあなんだ。あれだ。
――やり直せるってこと……?
「なんか嬉しそうだね。蓮君が嬉しいと私も嬉しい」
「うん」
嬉しいに決まっている。なにせ、由奈と結婚しなくて済むんだから!
このままだと結婚ルートに入っちゃうけど、結婚する前に別れればいい。結婚の匂わせをするようになって別れを切り出したのが遅いなら、もっと早く離れる。これだ。
いや、由奈なら地の果てまで追ってきそう。
――じゃあ、嫌われよう。そして、由奈から別れを告げてもらう。
俺は決意した。
それにしても、嫌われるにはどうしたらいいのか。今まで相手に嫌われようと努力したことがないからいまいち分からない。言われたら嫌なことを言えばいいか。えーと、うーん、う~~~~ん。
「ブ……」
「ぶ?」
「ブ…………ス」
「なになに、聞こえなかった。もう一回言って」
「ううん、なんでもない。着替えるから待ってて」
「うん」
ベッドから起き上がってクローゼットをそっと開ける。後ろからがさがさ音がするけど振り向くことも出来ない。
「…………」
うおおおおおおお! 言えないよ。ブスとか。ブスって言っていい権利を持ってるのは本人だけだろ。たとえ家族でも人のことブスなんて言っちゃいけない。しかも、由奈は可愛い。顔は本当に可愛いんだ。そもそも嘘吐くの苦手なんだよね。
違う方法にしよう。外見を貶さなくたって、他にもいろいろある。たとえば、だらしなくしてみるとか。ニートになるとか。ニートはダメだな。詰む。あとは、浮気、とか。
着替えて戻ったら、テーブルにテイクアウトのサンドイッチが載っていた。
「朝ご飯だ、ありがとう」
「いいよ~食べよ」
一階にあるカフェのだ。マンションの一階がカフェっておしゃれとか思ってここにしたけど、予想以上に美味しくて週一で食べている。この物件それだけで当たり。
ちなみに、ここで恋人の手料理という甘酸っぱい期待を持ってはいけない。由奈の手料理は一口で昇天する地獄の拷問だ。どうしたら、人の手であんな魔界的な物質を錬成出来るのか。はっきり言って自分で作る方が五億倍美味しい。お湯沸かすだけでボヤ騒ぎ起こす人間より絶対美味しい。
「ごちそうさまでした」
……あっ、二人仲良くご飯食べてる場合じゃなかった。俺は嫌われなきゃいけないのに。
「ちょっと早いけど、せっかくの休みだしもう行こ」
「分かった」
嫌われなきゃ。
「あれ、靴新しいね」
「可愛いでしょ。先週買ったの」
「うん、可愛い」
嫌われ……明日でいいか。
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