【急募】バッドエンド

第1話 サプライズハッピーエンド

「おめでと~~~!」

「お幸せに!」

「悔しくないんだからな!」


 どこもかしこも花びらの舞。撒き過ぎてなんも見えねえわ。いや、左だけ見える。距離ゼロセンチだもん。なんでくっついてくるんだよ。結婚式だからか知ってた。知らなかった。


「ふふ、みんなお祝いしてくれて、本当幸せだね」

「う、うう~~~~~ん……そうだね」

「サプライズだよ。びっくりした? 準備大変だったんだから」

「うん。びっくりしたよ、すごく……」


 だって、結婚式があるだなんて知らなかった。驚かない方が異常異常。何それ、サプライズ結婚式って。本人に内緒の結婚式って。同意の無い婚姻は詐欺案件だろ。俺の彼女ヤバすぎ。だから別れたんだし。そう、別れたはずだった。少なくとも俺にとっては。違ったってことね。怖い。

 参列者が一、二、三、うん。五十人はいる。俺の親もいる。呼ばれたんだ。俺だけ知らなかったの……えぇ……。

 とりあえず、俺は結婚なんかしたくない。だから別れたのに。別れたのに!


「由奈」

「なぁに?」

「…………何でもない」


――ううう言えない。ここにいる全員から祝福されてる結婚式中の心底嬉しそうな人間に「やっぱナシで」なんて言えない。俺も結婚式中なんだけどね。間違いの。


 それにしても、良い笑顔だ。高校の時学校で一番可愛いと噂されただけある。二十八歳でも変わらぬ可愛さ。可愛い。それは認める。だって俺も好きだった。それが傾いたのはいつだったかなあ。

 結婚を匂わせ始めてから? 社会人になってから……高校、大学は普通だったと思う。いや、でもそもそも高校で出会ったのがいけなかったのかもしれない。同じ高校の名前も知らない同級生同士。この程度でよかった。今なら思う。

 大好きだったんだけど。

 横では由奈が感謝の手紙を読んでいる。うちの親は微笑ましく見ていて、由奈の両親はしみじみ聞いている。優しそうな親御さんだ。初めて会った。初めてだよ。サプライズ結婚式で初めて会うって、ヤバイの階段すっ飛ばしてないか。名前はおろか声すら知らないんだけど。

 こんなんで今後の生活大丈夫なんだろうか。というか、結婚生活破綻する。よし、逃げよう。

 さすがに式場から逃亡するのは難しそうだから、終わったらすぐ姿を消す。これしかない。このまま帰宅したら逃がしてもらえない気がする。というかどこに帰ることになるんだ。俺たち別れたから別々に暮らしてるのに。


「何考えてるの?」

「今後のことかな」

「そっか~」


 そこ、嬉しそうに微笑まないで。被害者なのに罪悪感が湧いちゃう。本当にこの子は何を考えているんだろう。今までのことを思い返してみても鳥肌が立つ。同意の無いGPS機能アプリ搭載から始まり、無断で会社に来る、合鍵渡す前に合鍵を作っている、勝手に引っ越し手続きがされて同棲開始(別れた時にそこから逃げた)……何個か挙げただけで犯罪者だった。この子犯罪者だった。

 そうだよ。どう考えても俺は被害者だし、どこまでいっても彼女は加害者だ。今も実行中。まさか、婚姻届けも捏造されてないよね? されてるかな。されてそう。いつの間に結婚したんだよ……入籍日知らないまま過ごすの……。

 これがさぁ、高校生で「会いたかったから家まで来ちゃった」とか言って、インターフォン鳴らす程度なら可愛いよ。当時もされたし、寂しがり屋だな~とか思ってた。そこで満足していてくれていたらなぁ。


「それでは皆様順番に並んでください。新郎新婦からプレゼントを受け取ったら退場となります」


 司会にミニ菓子が詰められた袋が入った籠を渡される。なるほど、引き出物とは違うお土産か。何回か参列したことがあるから知ってるぞ。このお菓子が何味かは知らない。


「おい~~~」


 さっそく友人が来た。高校の時の友人だ。会ったの二年振りくらいか。


「よく来てくれたな~」


 招待していないのに、少なくとも俺は。


「お前たちの式だぞ。外国にいたって来るわ」

「ありがとう」


 すっごい良い奴。こんなかりそめの式に、かりそめか、自分で悲しくなってきた。

 次々に見知った顔がやってくる。従兄もいるんだよな、どうやって連絡したんだろう。さすがは由奈、純粋に恐怖しかないな。

 最後の人がいなくなって、両親が一声かけて帰っていく。残る作業はスタッフの人との清算作業だけらしい。由奈が言っていた。


「イレギュラーな追加注文無かったから、清算無しですぐ帰れると思うよ」

「そっか」


 何から何までご苦労様。式のお金、俺出してないけどなんか悪いな。


「本日はおめでとう御座います」


 彼女の言う通り、当日清算は無しで完了した。ようやく長い一日が終わった。これで隙を突いてどこかに逃げればどうにかなる。多分。


「由奈、俺ちょっと」

「これから二次会だよ。楽しみだね」

「にじかい」


 二次会あるのか!

 どこまでも用意がいいな!

 逃亡で埋め尽くされた俺の脳はバグを起こした。よろよろと足取りが覚束ない。何をしたらいいんだったっけ。ああそうか。二次会っていうところに行くんだっけ。誰と行くんだ。二次会ってどこだ。


「蓮君ッッ!」

「えっ」

「車が!!」


 由奈の叫び声がする。どうしたの、そんなに慌てて。そんな大声聞いたの、俺が別れを切り出した時以来。

 すぐ傍で爆音がする。なんだ? 視界がおかしいぞ。由奈の姿が見えなくなって、あれ、これ、空だ。空が見える。なんでだろう。まるで俺が宙に浮いているみたいだ。

 体もふわふわしていて、自分じゃないみたい。感覚が無くなっちゃったのかな。どうしたんだ、どうし。







「蓮君~」

「ん!?」


 呼ばれて飛び起きる。ここ……俺の部屋だ。同棲前の!

 なんで!?


「由奈だ」

「寝惚けてんの? おはよ。待ち合わせ場所まで待てなくて来ちゃった」

「来ちゃったって」

「ほらこれ、合鍵~」

「あ」


 思い出した。合鍵事件の日だ。五年前の。五年前!?

 嘘だろ。夢見てんのかな。俺、轢かれたよね。なんとなくだけど、ぶつかった記憶がある。

 走馬灯……とは違う気がする……まさか。


「まさか!」

「まさか?」


 過去に戻ってきちゃった!!!

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