第40話 新しい夢①

 次の日の月曜日、こずえは学校へとやって来た。朝、昨日のことで話しかけると、


「大丈夫でしたよ」


 とさっぱりした表情で言い切られた。こずえが朱美さんに何を話したのかはわからないが、俺はそのことを質問しなかった。どうせ、この後朱美さんに会いに行くからだ。


 放課後になると、俺はこずえに内緒で外へと出た。八神も一緒だ。もちろん、行き先はこずえ宅である。


「朱美さん、さすがに家にいるよね?」

「昨日の今日だからな。用事を作っていることはないだろう」


 こずえに聞いたところによると、朱美さんの職業は翻訳家らしい。仕事に区切りをつけてからアメリカへ発とうとしていたと考えられるので、いきなり仕事をしているということもないだろう。


「そういえば虎太くん、何を取りに帰ったの? 菓子折りでも持ってくるのかと思ったんだけど」


 俺は、一度帰宅してから、再び八神と合流していた。必要なものがあったのだ。


「ああ、似たようなもんだ。八神、お前には先に言っておきたいことがある」

「なに?」


 しかし、それについてはあまり触れられたくない。俺はそれを軽く聞き流し、向こうに行ってからの流れについて説明しておこうと思った。


「俺は思いっきり土下座するが、お前はするな」

「えー? 私もするよ。同罪だし」

「いや、俺はとことん情けない人間になってやるから、お前は地に頭をつける俺を見てドン引きしてくれ。呆れられるくらいがちょうどいいし、これを二人一緒にすると、土下座でゴリ押ししようとしているように思われてしまうからな。お前はまともな人間風でいてくれ」

「……よ、よくわかんないけど、私は普通に謝るようにするよ」


 八神は、すでに若干引きながら、俺の計画に納得してくれた。さすがに二人で土下座は気持ち悪いし、八神がドン引きしてくれたほうが止められやすいと思ったのだ。


 二人で公園の中を通り、星名家へ向かう。今ごろ、こずえは勇美と優と一緒に、昨日の写真の画像を見て、現像するものを選別しているはずだ。


「……虎太くん」


 無言で歩いていたが、間を嫌ったのか、八神が口を開いた。


「なんだ?」

「虎太くんは、どうしてあんなことしてまでこずえちゃんを止めようとしたの?」


 間を持たせようとする質問の割りには、やたら面倒なことを訊かれた。まあ、共犯者になってくれたわけだし、答える義務はあるだろう。


「行く理由に納得できなかったからだ。こずえはもちろん、朱美さんだって日本で仕事がしたかったのに、すれ違いが原因で行くことになったからな」

「それだけ?」


 しかし、八神は俺の言葉に納得がいかない様子だった。


「……なんだよ?」

「惚れた女のために、ならわかるんだけどねー。そうじゃないと、ここまでリスクを冒せなくない?」


 またそれか。しかし、確かにおかしいかもしれない。ここまでやろうとするのは、普通の友人関係とは言えないだろう。


「……惚れられたからかもな」


 笑われることを覚悟しながら、そう返した。実際、このことは大きい。こずえのまっすぐな気持ちに、何らかの形で応えたかったのだ。


 すると、八神は笑わず、むしろ不機嫌そうな顔をした。


「誰にでもそうする気? ハーレムでも作るつもりなの?」


 なぜ怒ってるのかはわからないが、言われてみればおかしかった。今までの相手なら、こんなことしようと思わなかった。

 その辺りは、結局、こずえだからだろう。俺はただ、心は大人なのに無力な子どもであるあいつに報われて欲しかったのである。


「……やはり、こずえだからか」

「うん。誰にでもじゃダメだよ。みんな勘違いしちゃうし、お人よしすぎるよ」

「勘違い、ねえ」


 そんなものだろうか。そして、なぜ俺は叱られているのだろうか。解せない。


「……じゃあ、もし私がーー」


 そこまで言ってから、八神が制止する。この時点で、続きの内容もわかるものだが。


「ううん、なんでもない」


 八神はそこで話を切り、。俺としても、訊かれなくてよかったと思い、ホッとしていた。

 もし、八神が不本意ながら遠くへ行くことになったなら。それを俺が止めようとするかなんて、その時にならなければわからないのだ。

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