第39話 宝島④
「早く下ろしなさい!」
しかし、良い案が浮かばない。警備員が詰め寄り、こずえに手を掛けようとする。
下手な言い訳でもいいから時間を稼ごう。そう思って口を開いたその時だった。
「演出です!」
そう声を上げたのは、こずえだった。
「演出?」
「すみません。こういう演出なんです。ご迷惑をおかけしてごめんなさい。急いでいるので、もういいでしょうか?」
突然、被害者と思われる少女からそんなことを言われると、困惑するのは無理もない。しかも、やたら丁寧であり、小学校低学年の子どもの口から発せられる言葉として不自然である。
今、警備員たちは、こずえが子どもであることすら疑っているのかもしれない。動きが止まった。
「……すみません!」
俺たちはその隙に、警備員たちの横をすり抜ける。もう追っては来ないようだ。俺たちはそのまま外へ出る。
車に到着すると、すぐに後ろのドアは開かれた。俺とこずえはそこに乗り込み、八神は助手席へと入る。
「こずえちゃーん!」
優が待ってましたとばかりに声を上げる。俺と八神は息を切らしつつ、計画の成功に笑みを浮かべる。
「……君たち、まさかさらってきたんじゃないだろうね?」
嫌な予感が的中した顧問は、冷や汗をかきながら言った。
「……そんなことより、早くゴーだよ!」
「いや、そういうわけには――」
「……セクハラ被害を教育委員会に報告されたくなければ、早く車を出して」
八神が小声で告げる。すると、車はすぐに動きだした。八神のくせに、なかなか恐ろしい声を出せるものだ。俺は感心する。
「よっし! こずえちゃんも来たことだし、やっと遊べるぞー!」
「気合い入れて行こー!」
優と八神が威勢良く声を出した。車は空港から、さっきの橋へと引き返していく。これから、ようやく本来の目的地へ向かうのだ。
「虎太さん。これからどこかへ行くんですか?」
何も知らないこずえが、ワクワクを抑えられない感じで訊いた。俺は満足げに口元を緩める。
「さっきお前が言ったように、あれは今日という一日の演出の一つだ。ここからが本番だからな」
俺は、その質問に直接的には答えず、もったいぶってやった。
「……青春、ですか」
「俺はそのために動いてるからな」
「あ、虎太さんが連れて行ってくれそうな場所に心当たりがあります!」
「やめろ。察するな。そこは気づかないフリをしとけ」
「ふふふ。はーい」
こずえはニコニコしながら、海のほうへ目を向けた。かなり無茶なことをさせているが、こずえは上機嫌だった。
一時間ほど車を走らせ、到着した先は、もちろんこずえが行きたがっていたUCJだった。
「虎太さん! UCJですよ! UCJ!」
「どこをどう見てもそうだな」
こずえは、年相応の子どもらしく、テンションを上げていた。なんとなく、嬉しくなる光景である。みんな、ほほ笑ましくそれを眺めていた。
「よーし! こずえちゃん! まず何に乗る!?」
「ど、どうしましょうか!?」
優がこずえに合わせてテンションを上げる。それをぼんやりと眺めていると、ふいに脇腹をつつかれた。八神だ。
「ほら、虎太くんもテンション上げてこうよ」
「……この後のことを考えると、少し気が重い」
俺はポロリと本音をこぼす。すっかり、八神に対し、身内意識が染み付いていた。
「それは私も一緒だからさ、今は楽しもうよ」
「……そうだな」
そんなことを言う八神だが、さっきからこずえにカメラを向け続けている。こいつは、後のことよりも今の欲のほうにしっかりと集中しているようである。
「……まったく、空港でも撮りやがって」
「あれは最高の写真だよ! 額に入れてこずえちゃんに差し上げたいよ」
そう言って、八神は笑う。最高の写真、か。きっと、いかにも『青春』という姿が写し出されているのだろう。
「勘弁してくれ……」
俺はボソッと呟く。せめて、一般的な写真サイズに抑えてくれるように、後で八神に釘を刺しておこう。それが最大限の譲歩だった。
閉園まで、UCJを堪能した。テーマパークに来たのは久しぶりだが、年甲斐もなく――本来は普通のはずだが――楽しんでしまった。
こずえは見たことないくらいはしゃいでいた。めちゃくちゃくっついてくるし、手を引っ張ったりもしてきた。
こずえのことだ。おそらく、今なら何をしても許されるとわかっており、積極的に来たのだろう。いつも以上にグイグイと来られては、俺も多少はデート気分にもなってしまった。
帰りの車では、こずえは眠ってしまった。隣の俺に寄りかかり、熟睡モードである。本当は起きてるんじゃないかとも疑いたくはなるが、どっちでもよかった。八神はそれも遠慮なく撮りまくっていた。
勇美と優を先に送り届けると、次はこずえの家だった。
「こずえ、俺もついていくからな」
「私も」
マンションの明かりを外から確認する限り、朱美さんはここへ帰ってきていた。一人で行くわけもないので当然だろう。
とりあえず、今日のところは平謝りだ。別日に、ちゃんとした謝罪に行こう。それは、昨日から考えていた。
「虎太さん、愛守さん。わたし、ひとりで大丈夫ですよ」
すると、こずえが意外なことを言う。
「いや、まずいだろう。それに、俺が謝るのは当然だからな」
「いえ、今日は母と二人でお話させてください。虎太さんがおっしゃってくださったように、ちゃんと話したいんです」
こずえの表情は、悟りでも開いたかのように余裕があった。
コミュニケーション不足を指摘したのは俺だ。こずえがこう言っているなら、今日のところはこずえに任せたほうがいいのかもしれない。
八神をほうを見ると、ただ無言で頷いていた。俺に任せるのか、こずえの言うとおりにするかのどちらかだろう。それは、同じ答えだった。
「……わかった。また後日伺うとだけ言っておいてくれ」
「わかりました」
こずえが車から出る。俺たちは車の中からそれを見送る。
「今日はありがとうございました」
「それじゃあ」
「はい。また明日」
また明日。こずえは、明日学校に来るつもりらしい。すっかりふっ切れたようだ。
こずえは手を振りながら、マンションへと入っていく。俺はそれをぼんやりと見送った。
「虎太くんもこの辺りだよね? どの辺?」
「俺の家はお前の家の近くだ」
「ええっ?」
八神はそう声を上げると、すぐどういうことかを察し、笑いだした。
「はははっ! 虎太くんって、尽くす男だねー!」
「誰のせいだと思ってるんだ……」
「え? どういう意味?」
八神は目を丸くする。まあ、そこまではわからないだろう。今度、改めて文句を言ってやろう。
こうして、濃厚な一日は終わりを迎えた。きっと、こずえにとって忘れられない一日になっただろう。
そして、俺も一生忘れられないだろう。今日という一日においては、俺自身が最も変人だったと認めるしかない。俺がみんなを巻き込んだのだから、言い逃れはできなかった。
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