第38話 宝島③

「何階?」

「国際線の発着は四階だ」


 ロビーに入ると、階段を見つけて駆け上がっていく。二階、三階を通過し、四階に到着するころには、すっかり息が上がっていた。


「はあ……はあ……」

「……大丈夫か?」

「うん。えっと、サンフランシスコだったよね」

「ああ」


 電光掲示板でフライト予定を確認し、サンフランシスコへの便のチェックインカウンター付近でこずえ母娘を探す。まだ保安検査の列もできていないし、確実にこの辺りにいるはずだ。


「いた!」


 八神が声を上げた。指をさす方向を見ると、そこに座っている二人を見つけた。間に合ったようだ。

 こずえは心ここにあらずという様子でぼーっとしていて、朱美さんはスマホを見ている。やはり、二人はほとんど会話をしていないようだった。


 行くなら今だ。俺は息を整えてから、ゆっくりと二人のところへ歩いていく。八神は、何も言わずについて来てくれる。

 声が届きそうな位置に着くと、俺は一度深く息を吸った。そして、声をあげた。


「こずえ!」


 その声は確実に届いていた。こずえはすぐにこちらを向く。


「虎太さん!? 愛守さん!」


 朱美さんは、こずえの声に反応してこちらを見る。そして、こずえに何かを告げると、こずえだけがこちらへとやって来た。朱美さんは、その場で立ち上がり、頭を下げた。


「……見送りに来てくださったんですね」

「いや、見送りじゃない」

「え?」


 驚くこずえ。俺は一度八神の顔を見るが、八神はただほほ笑んで頷いた。こいつは、俺の背中を押してくれようとしているのだ。

 俺はこずえの目をしっかりと見る。こずえも、もうそれを逸らしたりはしなかった。


「俺は……俺たちは、もう少しこずえと過ごしたいと思っている。お前のいる生活に慣れていたから、いなくなると物足りないんだ。俺にとって、お前は必要だ」


 俺は話ながら、声のトーンを上げていく。

 こずえのほおが赤くなる。ある意味、屋上での告白のお返しをしている状況だ。恥ずかしいし、困惑しているのだろう。

 俺自身も、後に思い出した時には頭を抱えてしまいそうだ。それでも、今は続ける。


「こずえが本当に向こうへ行きたいのなら、止めるつもりはない。

 だから、お前の今の気持ちを聞かせてほしい。誰のためでもない、自分の気持ちを教えてくれ」


 こずえは俺と八神の顔を見回す。そして、次は母親のほうを向いた。朱美さんは、立ったままこちらを見ていた。


 こずえは、悩んでいる。母親に気を遣っているのだろう。

 それでも、しっかり返事を出せるはずだ。それが星名こずえという少女なのだ。


「わたしは……」


 こずえが俺の目を見る。その時点で、どんな答えが出たのかわかった。


「……わたしも、まだ虎太さんと……みなさんと一緒にいたいです」


 そう、はっきりと言った。八神のほうを見ると、いつの間にかそんなこずえにカメラを向けていた。俺はあきれながらも笑ってしまった。ああ、いつもどおりだ。


「わかった。じゃあ、行こう」

「え?」


 俺がスタスタと歩き出すと、こずえも後ろに続いた。俺は朱美さんの前へ行く。朱美さんが再び頭を下げて応対してくれると、俺はそれ以上に頭を大きく下げた。


「沢渡くん?」

「朱美さんが苦しんでいるのは理解しています。でも、これからは俺が何でも手伝います。

 だから……今からすることを許してください」

「……え?」


 こずえと朱美さんは、まったく同じ表情をしている。本当によく似た親子だった。

 俺は、隣にいるこずえのひざ辺りに右腕を入れる。すると、簡単にこずえを抱きかかえることに成功した。お姫さまだっこである。


「……では、失礼します!」


 俺はそのまま走り出した。八神のところまで行くと、そこからは八神も一緒になって駆け出す。


「待って!」


 俺は反射的に振り返る。その時の朱美さんの表情は、とても心細いように見えた。罪悪感が襲ってくる。

 でも、もう後戻りはできない。そのまま階段へ向かい、駆け降りていく。


「待ちなさい!」


 すると、警備員の男二人が追いかけてきた。当然だ。この状況はどう見ても普通じゃない。現行犯なのである。


「ヤバい! 追いかけてきたよ!」

「逃げるしかない! こずえ、しっかり掴んでろ!」

「は、はい!」


 こずえは俺の服をぎゅっと掴む。お姫さまだっこの体勢では、これが限界だろう。俺はできる限り自分のほうへ引き寄せつつ、急いで階段を降りる。


 三階、二階を通過する。追手はもうすぐとぐのところまで来ていた。


「虎太くん! あれ!」

「げっ!」


 一階には、すでに警備員が待ち構えていた。万事休すである。


「どうする!?」

「どうするって言ったって……」

「ちょっと止まってください」


 一階からわずか二段のところに、俺たちは制止させられる。すり抜けようにも、取り押さえられてはたまらないため、動くこともできなかった。


「とりあえずその子を下ろして!」

「…………」


 警備員に上下から取り囲まれると、そのうちの一人が強い口調で言った。

 ヤバい、これは連れ戻されるのか。その場合、こずえは飛行機に乗ることになるだろう。


 それだけはまずい。なんとかしてフライトの時間までは粘れないか。俺はそんなことを考えていた。

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