第28話 変わる心、変わらない気持ち③
そんなことがあっても、次の日からは、またこずえは普通に接してきた。俺も大人としてそれに応えようとするが、多少は意識してしまう。
以前、こずえの告白後に初めて学校で会った時、こずえはかなり緊張していた。今は、恥じらいよりも、度胸や積極性のほうが前面に出ているように思う。これはこずえの成長なのだろうか。
こずえは変わってきている。きっと、このまま普通に過ごしていけば、こずえの望む青春は、自然と手に入れられるだろう。
せっかく話に出たことだし、UCJには連れていってやりたい。仕方ないので、俺から八神に提案してやろう。俺にできることなんて、もうほとんどないのだ。
月曜日を迎える。俺は珍しく早めに教室に着いた。
こずえの朝は早く、教室にもいつも一番早くに着いている。そこから、ずっと大人しく座って本を読んでいるのがルーティンである。
「おはよう、こずえ」
「……あ、おはようございます」
こずえは本から目を離さずに返した。珍しい。いつもならこちらを見てあいさつを返すのに。それほどおもしろい本なのだろうか。
俺はそれを尋ねようとするが、本の表紙を見てやめた。その本は英字だったのだ。まったく、常識はずれの一〇歳児である。
いつも通りの一日を終えると、俺たちは四人で写真部の部室に向かう。人数も揃ったのだから、そろそろ広い部室が欲しいところだが、決まりによって、移動できるのは新学期かららしい。
八神はすでに部室にやって来ていた。あいさつがわりにこずえと俺のツーショットを撮影すると、にっこりとほほ笑んだ。
「今日はどうする?」
八神が問う。これは毎度おなじみの質問である。
俺たちは、毎日、当日になってから撮るものを決める。その話し合いだけで終わる日もあり、そういう日は、八神のこずえフォルダだけが潤うのだ。
毎日活動していると、同じ写真ばかりになりがちだ。最近はネタ切れ気味のため、話し合いが長引くことも増えていた。
この前は、こずえが俺たちのスナップ写真のようなものを撮りたいとのことだったので、屋上でバレーボールをしていた。ネタの無い日は、こずえに訊くのが一番だ。
「こずえは何かないか?」
「……いえ、思い浮かばないです」
さすがに俺たちを撮るのも飽きたか。こずえにしては珍しく、何の案も出てこなかった。
「まあ、のんびり考えるとするか。俺は詰め将棋でもしているから、話し合いを進めてくれ」
「お前は参加せんのかい!」
優のツッコミを無視し、俺はスマホを持った。すると、それは即座に取り上げられてしまう。八神だ。
「私、虎太くんが撮りたいなー」
「は?」
「照れ顔の虎太くんが撮りたい!」
またけったいなことを言い出しやがった。俺は眉間にシワを寄せながら、八神をにらむ。
「お前は何を言ってるんだ?」
「虎太くんの写った写真を見てると、むすっとしたのばっかりだもん。笑ってると思ったら、ほくそ笑むみたいな微妙なのだったりするし。もっと良い表情が欲しいよ。ね?」
八神が訊いた相手は、もちろんこずえだった。
「え? あ、そうですね」
「ほら! もっと楽しげな写真を残そうよ!」
そんなことを言われても。俺は一六年間この表情パターンで生きてきたのだ。これでも、俺なりに喜怒哀楽は出していた。つまり、最低でも四パターンくらいはあるはずなのだ。
「どうやって撮るつもりだ?」
「どうやってって……」
こずえは少し考えた後、チラッとこずえの表情を窺った。こずえはただボケっと俺を見ている。
「こうだ!」
すると、八神は俺の手を取り、がっちりと握ってきた。
少し冷たくて、小さな手。これが女子高生の手なのか。
「おおー! 愛守ちゃん、的確に童貞の弱点を!」
「女子と手を繋ぐ。虎太くんは、こういうのには照れるでしょ?」
八神はしたり顔で俺の目を見る。確かに、これには無反応というわけにはいかなかった。
しかし、わかっている。これは俺の表情のためではなく、こずえの表情を変えたくてやっていることだ。実際、八神はこずえばかり気にしている。
すると、ふとその手は離された。八神は、こずえを見て固まっている。
「……こずえちゃん?」
「あの、わたし、今日は帰ろうと思います」
それは、本当に突然のことだった。こずえは柔らかい笑顔のままそう言って、カバンを手に取った。
「どうかしたのか?」
「いえ、それでは失礼します」
こずえはそう言って頭を下げ、部室から出ていった。俺たちは、ただ呆然としてこずえを見送った。
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