第27話 変わる心、変わらない気持ち②

「愛守さんに頼めば、なんでも言うことを聞いてくれそうなので……」


 なるほど、気遣い屋なところが出てしまったらしい。


「いいじゃないか。八神はお前の頼みごとなら嬉しいだろうさ。こずえラブなんだから」

「愛守さんは、わたしの子どもらしくないところを気に入ってくださってると思うんです。なので、期待を裏切るような気がして」


 こずえは、八神のあれを期待と受け止めていたらしい。

 たしかに、好意と期待は似ている。好かれている自分を保つことは、それほど神経を使うものなのかもしれない。


「あいつは、お前が人を殺すくらいしないと、お前を嫌わないぞ。なんなら共犯者にでもなりそうな気がする。八神はお前の狂信者みたいなもんだ」


 八神の好意はそんなに繊細なものではない。こずえの境遇や立ち振舞いもあるが、単純にルックスや性格も愛しているのだ。


「……虎太さんは、愛守さんと知り合ったばかりとおっしゃってましたけど、愛守さんのことをよくご存知ですよね」


 こずえはそう言って口をへの字にした。


「知らん」

「優さんも勇美さんもおっしゃってました。虎太さんと愛守さんが急に仲良しになった、と」


 そんなつもりはない。しかし、最近はこずえを通すことで、あいつに対して気が緩んでいるかもしれない。


 八神は更衣室の盗撮をする変態だ。決して気を許したつもりもないし、仲良くなったこともない。

 ただ、八神はこずえに直接危害を加えるようなことは絶対にしないだろう。俺は八神のことを、こずえの目的に必要な人間だと思っただけなのだ。


「気のせいだ。あいつは変人。俺はこの世で最も普通の人間。相容れない」

「愛守さんは、とてもかわいいですし、性格も明るくて優しいです。女性としての魅力にあふれています。それでいてこんなに近くにいるのなら、愛守さんのことを好きになるのが普通だと思います」


 ……なかなか鋭いことを言いおる。俺は八神が一般受けすると認めているだけに、八神は普通への踏み絵になってしまう。

 いや、しかし。普通の人間なら同じ人物を好きになるというのは、さすがに暴論ではなかろうか。


「俺は普通だから、八神がモテるのは理解しているさ。だが、それイコール好きとは限らない」

「では……虎太さんは、わたしと愛守さんならどちらがお好みですか?」


 俺は思わず固まってしまった。とんでもない質問だ。こずえは顔を赤くしながらも、しっかりと俺の目を見ている。


「……お前、結構グイグイ来るのな?」

「だって……どうせ虎太さんにはお気持ちを伝えていますし。隠せるものはなにもありませんから」


 こずえは両手を合わせてもじもじと手を動かす。八神が見たら卒倒してしまいそうな姿だ。


「どちら、ねえ……」


 真面目で大人しく、性格に欠点らしい欠点は見当たらない。こずえと一ヶ月ほどこうして関わってみると、善人であり、気遣いのできる人間だということが知れた。下手な高校生より大人びてるとも思う。

 ルックスもあの母親に似ているし、もっと似てくる気もする。俺がロリコンなら、すでに落とされていたかもしれない。


 しかし、こずえは一〇歳である。一を引くと一桁だぞ。数字が幼すぎる。


 変人の八神とは違い、こずえに減点する要素は一切ない。しかし、一〇歳なら上限が一〇であり、それ以上にはならない。何の数字かは知らんが。


 仮に八神がその変人度合いにより、一〇〇から五〇を引かれるとしても、減点のないこずえがそれを上回るのは難しい。それは本当に、ただ一〇歳だからという理由だけであり、それほど厳しい条件なのだ。


 つまり、どれほどこずえが魅力的であったとしても、八神が上になってしまう。それは、俺自身も理不尽だと思うし、こずえに伝えるのは抵抗がある。


 結局、これだけ親しくなっても、年齢を理由に断った以前と全く変わっていないのだ。そのことを、こずえには言えない。


「こずえが俺たちの年齢に追いついてから考えたい」

「それは人間には不可能です」


 吐き捨てるようなツッコミを食らう。ちっ、こずえのくせに。


「……俺が今のお前を選ぶようなロリコンだとしたら、お前が成長するとストライク外になるということだ。同列に見られる年齢まで待ってから比べるほうが、正当な評価ができるんじゃないか?」

「それは……」


 俺はなるべく遠回しに、子どもは対象外だと伝えた。この言い回しが正解だったようで、こずえの追及が止む。


「では、同列に見られる年齢とは何歳なのでしょうか?」


 こずえは真面目な顔をして言う。多分、こずえはずっと覚えているため、適当なことは言えない。

 こずえが今の俺たちに追い付くのが約六年後。その頃、俺は二二歳だ。順調なら大学四年生である。交際と考えると厳しいが、単に比較するだけなら妥当だろうか。


「……一六歳だな」

「わかりました。わたし、覚えましたからね」


 こずえは口を尖らせる。こいつは、本当に六年後に問うのだろうか。俺もこずえも、八神だって六年後にどうなっているのかわからないというのに。


 公園の外に出ると、もう五〇メートルほど歩けば、こずえと分かれる信号に到着する。今なら、多少気まずくなるようなことでも訊ける。俺は、さっきから思っていた質問をすることにした。


「……こずえは、まだ俺と付き合いたいと思うのか? もう俺のことをよくわかっただろう?」


 おもしろい話をする年上の同級生。そんな表面的な憧れなんだから、普通ならすでに解放されているはずだった。


 俺の質問に対し、こずえは返答しなかった。


 考えているのだろうか。記憶を思い起こしているのかもしれない。口が悪くて、女でも平気で殴る俺の姿を。

 冷静になれば、俺を選ぶことなんてないはずなのだ。


 もう後数歩で信号というところで、こずえはようやく口を開いた。


「……はい。わかってますよ」


 それは、二つ目の質問への答えなのだろうが、続きがありそうだった。ちょうど信号の下に到着すると、俺たちはそこで立ち止まる。


「――前よりも、もっと虎太さんのことが好きになりました。お付き合いしたい気持ちは変わってませんし、六年後もそうだと思います」


 俺は思わず固まる。こずえの顔は赤くなっているが、前とは違い、表情に余裕があるように見えた。

 なんなら、俺のほうが余裕はないし、顔も紅潮しているかもしれない。


「それでは、また明日です」

「え?」


 こずえは慌てて信号を渡る。言ってから逃げ切るために、このタイミングを計ったのだろうか。

 そのままこちらへ振り返らずに、マンションへと入っていく。俺はそれを黙って見送ってから、いつもの大回りルートの帰路につく。


 くそ、なに動揺してるんだ、俺は。

 六年後のことなんて、誰にもわからない。それなのに、なぜこずえは言い切ることができるんだ。こずえの六年後は、俺なんかと関わることのない、遠い存在になっているとしか思えないのに。


 やはり、あいつも変人だ。善良で誠実だが、俺に寄ってくるのなら、結局、変人でしかないのである。

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