第26話 変わる心、変わらない気持ち①

 喜多山先生と話した日から、こずえはよく人を撮るようになった。部活動中はもちろん、昼休みにはスマホのカメラまで使っている。

 その一番の被写体は俺であり、隙あらば俺を撮ってくる。いいかげん困っていた。


「俺ばかり撮ってもおもしろくもなんともないし、見映えもしないから、カメラの腕も上達しない。手頃な運動部でも撮影に行けばいいだろう?」

「そんなことないですよ。そういえば、愛守さんにいくつか現像してもらったので、見てみますか?」


 薄暗くなった公園を、俺とこずえは並んで歩いていた。いつも通り、遠回りの帰路である。秋も深まり、公園のあちこちには、銀杏と紅葉の葉の絨毯じゅうたんができている。


 俺は写真を見たいと言わなかったが、こずえが植物園前の街灯下に立ち止まり、カバンの中を探し始めたので、俺も仕方なしにこずえの近くまで寄った。


「なんでわざわざ現像したんだ?」

「おもしろかったからですよ」


 そう言って、こずえは写真を一枚取り出した。そこに写っていたのは俺だった。


「……なんだこれは?」

「虎太さん、写らないようにうごいてしまうので」


 写真の中の俺は、謎のポーズで見切れていたり、中途半端にぶれていたり、真顔で手を掲げていたりと、酷い有り様だった。

 こずえの写真のほとんどが、そんな俺で埋めつくされている。


 うまくフレームから逃れているつもりだったが、こんな悲惨なことになっていたとは。八神のカメラがぶれに強かったのも誤算だった。


「……ビリビリに破いていいか?」

「ダメです!」


 俺が写真に手をかけると、こずえは慌ててそれをしまう。こずえにしては俊敏な動きだった。


「俺が気の毒だろう……」

「えっと……これを見せると、虎太さんがちゃんと写ってくれるようになる、と」

「八神が?」

「はい」

「はぁ……」


 つまり、こんな写真を残したくなければちゃんと写れ、ということである。俺はこれ見よがしに大きなため息をついた。すると、こずえはニコッと笑う。


「ちゃんとしたほうが、撮るわたしも撮られる虎太さんもしあわせですよ」

「言っとくが、そういうのを脅迫って言うんだからな?」

「ひと聞きがわるいですよ」

「もういい。帰るぞ」

「はぁい」


 俺が動き出すと、こずえもすぐ追いついて横に並んだ。その表情は、とても楽しそうだった。


 良い表情をするようになったもんだ。こずえと共に現写真部に入り、もうすぐひと月になるが、こずえはずいぶん変わったように思う。

 青春を経験したい、というこずえの目標にも、かなり近づいて来ているのではないだろうか。


「写真、というものが、結果的にお前にとって良かったのかもしれないな」


 俺はそう切り出す。かなり唐突だったにもかかわらず、こずえはすぐに理解し、「はい」と言った。


「喜多山先生の言うとおりですね。写真だとわかりやすい形で残せますし、思い出すきっかけにもなります。なので、虎太さんが写真同好会に連れてきてくれたおかげです」


 俺はこずえのほうを見ない。ほほ笑んでいることなんて見ずにわかるし、照れくさいからだ。


「もう、こずえの理想の高校生活に近づいているんじゃないか?」


 そう言ってから、俺はこずえの表情を確認する。こずえは驚いたような顔をしていた。


「そうなら俺は必要ないから辞める、なんて言わないですよね?」

「言わないさ。俺はもう諦めている」


 こずえは胸に手を置き、わかりやすくホッとしたようなリアクションをした。俺だって今さらそんなことを言うつもりもない。


「……そうですね。やっと高校生になれたような気がします」

「うむ。それなら、後はイベントごとでもあれば、思い出も残せるだろう。日常の写真も悪くはないが、結局、記憶に残り続けるのは特別な日だろうから、何かイベントが欲しいな」

「そうですね。でも、もう文化祭も終わりましたし、学校行事では無理ですね」


 もう向かう先は年末のみ。学校では、冬休みに向けて、期末テストという、ラスボスとの戦いしか残っていなかった。


「……クリスマスか」


 俺は、そういえば、と思い、ボソッと呟く。すると、こずえは立ち止まってしまった。


「く、く、クリスマス、あの、一緒に――」

「待て。俺とお前、二人の問題ではない」


 即座に顔を沸騰させるこずえ。俺は慌てて水を差しにかかる。


「クリスマスという理由で集まる可能性があるかもしれないと思っただけだ」

「……そうですか」


 こずえは残念そうにする。いくら好意を伝えた相手だからといって、そこまでわかりやすい反応をするのはどうかと思うぞ。


「どこかへ行くのもいいな。先生に運転してもらえば、少し遠くにも行けるだろうし」

「あ、わたし、UCJに行ってみたいのですが!」


 こずえが思い出したように言う。見ると、目をキラキラとさせている。

 UCJとは、ユニバーサルシティジャパンという、テーマパークのことである。日本各地から人が訪れ、修学旅行の行き先にも選ばれることが多いらしい。


「行ったことないのか?」

「はい。六年生の遠足で行くらしいのですが」

「そういえば、小学生の頃も中学生の頃も行った記憶があるな」


 しかし、こずえはその期間をスキップしているため、行けなかった、と。父親がどんな人間かは知らないが、あの母と二人で行く姿も想像がつかないし、このままだと行けない可能性もある。


「でも、クリスマスは混むぞ。死ぬほど。俺は多分、クリスマスのUCJでは息ができないと思う」

「つまり、虎太さんは嫌ってことですよね……。クリスマス以外ならどうでしょうか?」

「それならまあ――」


 そう返そうとするが、ふと気づくと、こずえの顔が赤くなっていた。これも、俺と二人で行くような流れにされかねない。さっさと軌道修正せねばなるまい。


「……八神辺りに提案してみたらどうだ?」


 俺がそれを写真部の行事にしようとすると、こずえがほおを膨らませて反抗する。

 いつの間にこんな小技を覚えたんだ。八神くらいなら殺せるかもしれないほど、愛くるしい仕草だった。


「みんなで行くほうがおもしろいぞ」

「そうでしょうけど……」


 しかし、こいつは本当に俺と二人でもいいのだろうか。冷静に考えると、こずえのほうも結構きつい状況だと思うのだが。


「この手の話は八神に言えばいいさ。あいつなら喜んで企画すると思うぞ」

「わたしから愛守さんに言うのはちょっと……」

「どうしてだ? お前だからこそだと思うが」


 すると、こずえは微笑みながら眉尻を下げた。

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