第23話 騒がしい昼休み②
こうして五人でのランチが始まったのは、つい最近のことだった。元々、俺は勇美と優と三人で食べることが多く、たまに優が別のグループと食べる時は、勇美と二人で食べていた。
三人の時に、クラスメイトだからという理由でこずえを誘うことにした。これは流れとしては自然だった。
すると、部活メンバーで八神だけいないのは変だという話になり、その結果、昼休みもこの五人で過ごすことが多くなったのだ。
「さっきまで何をしてたんだ?」
俺はほぼ条件反射的に、八神になぜ遅れたのかを尋ねた。
「顧問の先生と話してた」
「顧問なんていたのか?」
「部活になるわけだからね。顧問が必要なの。元々、部に昇格したら顧問になってって言ってたから、スムーズだったよ」
「そうなのか」
部活設立で顧問を探すのは定番の流れだと思っていたが、同好会の時点で申し合わせをしていたらしい。要領の良いやつだ。
「誰だ? 一年の授業は持ってるのか?」
「化学の
「何の話をしてたんだ?」
「部の設立の話と――あ、そうそう! こずえちゃんがコンクールに参加できるのか訊いてみたよ」
八神が思い出したように声をあげる。多分、真っ先に伝えたかったのだろう。
「先生はなんて?」
「高校生の部門なら問題ないだろう、って。留年してる人と同じなんじゃないかな。小学生部門は無理っぽいけど」
なるほど。二〇歳の高校生でも大丈夫なんだから、一〇歳でも問題ないということか。どこに在学しているのかだけの区分のようだ。
「どこにも出せないわけじゃなくて良かったです」
「そうだな」
こずえは高校生のコンクールに応募できるのか?
昨日、俺が何気なくそんな疑問を口にすると、それがこずえの不安に繋がり、みんなでネットを使って調べることになった。
しかし、どこにも飛び級小学生についての記載なんてないため、解決には至らなかったのだ。
「そういえば、今後の進学はどうなるんだ?」
俺は言ってから気づいた。またこずえを不安にさせるかもしれない疑問を、いつものノリでぶつけてしまったことに。
しかし、こずえはその質問に動揺することはなかった。
「大学はアメリカになると思います。飛び級の受け入れが日本よりも多いですし、父が住んでいるので」
「ええっ!! こずえちゃんアメリカに行っちゃうの?」
八神が目を見開いて言うと、こずえは八神の反応の大きさに驚いた。
「そ、卒業後ですよ」
「でも卒業したら離ればなれだよ? 何とかならないの?」
寂しそうにする八神に、こずえは少し顔を赤くした。分かりやすく照れているようだ。
「そうですね……えっと――」
「親と学校の都合なら仕方ないだろう。今の時代、ネットを使えば簡単に話せるだろうし、そう悲観しなくてもいいさ」
俺はこずえをフォローすべく口を挟む。八神はしょぼんとしながらも頷いた。
「アメリカかー。さすがこずえちゃん、人生のスケールがでかい」
さっきから、一人ハイペースでドでかい弁当貪り食っている優が言った。お前の弁当のスケールも大概だぞ。
「そんな、皆さんも海外に出るかもしれませんよ」
「アメリカかー……虎太くんは自分がアメリカで暮らせると思う?」
八神が訊く。俺は口の中のものを咀嚼しながら考えるが、飲み込む前に返事は固まっていた。
「……嫌だ。一生日本で暮らす」
「可か不可かを訊かれたのに、嫌って答えるのが虎太なんだよな」
優が呆れた顔で口を挟む。隣で勇美も頷いているが、そんな反応をされるのは俺としても不本意である。
「普通、暮らせるかどうかの前に、暮らしたいかどうかが入るだろう?」
「もしもでいいんだよ。もしアメリカへ転勤が決まったら、言われるままに転勤する? それとも会社をやめてでも避ける?」
勇美の質問で、俺は改めて考える。なるほど、究極の二択である。
「……転勤ならいつか帰って来られるだろうし、また新しい会社を探すのも面倒だから、その場合は転勤か。まあ、どうにかして転勤せずに会社にいられないかと模索するのが現実的だが」
「まあ、虎太ならどこでも自分のペースで生きていけそうだよな」
「虎太って動じないもんね」
優と勇美が、俺の選択に対して、元も子もないことを言う。
「目の前で銃撃戦があっても、虎太はのんびりと避難してそうだよ」
「お前のそのアメリカのイメージはなんなんだ。そんなことはめったに起こらんわ」
「虎太が動じるのって、それこそこずえちゃんママの前だけなんじゃね?」
「いちいちこずえ母を出すな。こずえだって嫌だろう?」
と、こずえを見ると、優がどうとかではなく、彼女は俺の表情を窺っているようだった。どうやら、優がちょくちょくいじってくるせいで、俺がこずえ母に対して抱いている感情が気になっているらしい。
「……こずえ、優の言うことを真に受けるな」
「いえ。別になんでもないです」
こずえがそっけなく返す。なんでもなくはなさそうである。
こずえは相変わらず静かだが、俺に対しての距離感は近い。俺の態度も原因ではあるのだろうが、俺以外にももっとそういう態度を見せてもらいたいものだ。
ふっと目の前が暗くなる。そこにあったのは拳だった。
「おー。本当に全然動じないね!」
「俺で遊ぶな」
その手は八神のものだった。八神も最近は俺をオモチャにする傾向がある。
それは、俺をいじるとこずえがリアクションをとるからだ。こずえの反応見たさに、俺にちょっかいをかけて来るのである。
そして、その思惑にまんまとハマるこずえ。ジロジロと俺の様子を窺っている。そんなこずえをチラチラと覗き見る八神。
どうも、俺がこの集団の真ん中にいる気がして解せない。俺は、すでに自分が中学の頃と同じように、変人集団に含まれていることを自覚していた。
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