第三章

第22話 騒がしい昼休み①

 昨今では様々な理由により、学校の屋上には入れなくなっていると聞く。その理由は、高校生の俺でも容易に想像することのできるものである。

 それでも、我が長居高校では、屋上が常日頃から開放され、生徒達の憩いの場となっている。

 それを実現させたのは、三メートル以上もある高いフェンスだ。そのせいで刑務所のような閉塞感こそあるが、それでも、空が見えるのは気持ちが良いもので、俺たちはたまに昼食をここで食べていた。


「――ですので、フィルムカメラは光を当てることでの化学反応で記録を残すシステムですね」

「じゃあ、デジタルカメラは?」

「デジタルカメラは、光を電気信号にして、データとして保存しています」

「うーん、そもそも、俺はデジタルとアナログの違いについても、感覚的にしか理解できていないのかもしれない」

「デジタルとアナログの違いは、階段と坂で考えるとわかりやすいですよ。坂を数歩上った地点の高さは一目ではわかりませんが、例えば隣に一段一〇センチの階段があって、そこが五段目なら一目でその高さが五〇センチだとわかります。

 デジタルの利点は、そのように数値化することで、保存と再利用がしやすいことですね。デジタルカメラの場合、絵が点の集合としてデータになっているので、パソコンなどに移動させてもすぐ再現できるんです」

「ああ、なるほどな。画素数がその点の荒さになるんだったか」

「そうですね。画素数は――」

「ストップストップ! つまんないつまんないー!!」


 バカの声が空へと突き抜けていく。せっかく、俺とこずえが会話に花を咲かせていたのに、優が子どもみたいな勢いでそれを妨げた。


「あの、すみません――」

「違う違う! こずえちゃんじゃなくて、そこの質問魔だよ! 何で花の高校生が、昼休みにそんな真面目な話をしたがるんだよ!」


 優は引き気味なこずえの謝罪を流し、俺に苦情を言ってきた。何だ、せっかく盛り上がっていたというのに。


「こずえがどんな質問でも答えてくれるから、色々訊いてみているだけだ。別にいいだろう?」

「もっと周りも楽しめることを訊けよ! どんな芸能人が好き? とかでいいだろ!」


 まったく興味の沸かない質問だ。それだと、俺が楽しめないじゃないか。


「それこそ、こずえペディアの無駄遣いだ。これはもっと有意義に利用するべきだろう」

「こ、こずえペディア……」


 こずえが苦笑いしながらこぼす。こずえを讃えるつもりで付けたタイトルだったが、少しバカにするように聞こえたかもしれない。


「こずえちゃん、虎太はほとんど無意識に疑問をぶつけて来るから、全部真面目に答えなくていいよ。これは悪い癖だから」

「い、いえ。わたしが答えられることなら答えたいですよ」


 こずえはそう言って困ったように笑う。実際、こずえはレスポンス以外ではあまり話さないため、答えたいのかもしれない。俺もそう思って訊いている。

 ただし、こずえの個人情報ばかり訊くのは、一生懸命返してしまうため、入学当時と同じで大変だろうと思って避けていた。どうでもいいことを訊くくらいがちょうどいいのである。


「だいたい、せっかく写真部になるらしいし、もっとカメラのことを知ろうとするのは当然だろう? 部員としての謙虚な姿勢を評価してほしいくらいだ」

「いや、絶対興味ないだろ! お前はいまだにカメラを持たないじゃねえか!」


 優にしては、なかなか切れのあるツッコミである。


 この度、俺たちは正式に入部することが決まり、同好会も写真部になることになった。


 俺も観念して写真を撮ろうかと思うこともあったのだが、特に撮りたいものもなかったため、相変わらずカメラを持ってすらいないのだった。


「カメラの数は限られているし、俺の時間がもったいない。その分、他の誰かが撮っているほうがいいのさ。それは全部こずえにゆずってやる」

「……はぁ。そんなことだから『パパ』なんてあだ名がつくんだよ」


 優はやれやれと両手を上げて言った。


「……あれ、お前だろ?」

「知らなーい。誰がどう見てもパパなんだから、自然とそう呼ばれてるんじゃない?」

「せいぜい兄がいいところだろう? 悪意を持ってキャッチーなタイトルをつけたやつが絶対にいるはずだ。お前しかいない」

「人を悪意の塊みたいに。だいたい、こずえちゃんママに惚れてるんだから、パパのほうがピッタリじゃん」

「やっぱりお前じゃないか」


 問い詰めるとすぐにボロを出す。簡単な推理問題だった。いつかぶん殴ってやろう。


「あの、パパはわたしも困りますので……」


 こずえがポツリと苦情を言う。こずえは、母の話題に対しては、困るというより呆れるような表情になる。


「でも、『お兄ちゃん』だと虎太が言わせてる感が出るから、みんなから引かれるよ?」

「なんでパパかお兄ちゃんの二択なんだ?」

「いや、だって凸凹すぎるじゃん。地味メンズと天才美少女のカップリングは、なんかいかがわしいんだよ。だから身内感を出したかった」

「勝手に妙なフォローを入れるな。それに、パパも十分にいかがわしいわ」


 世の中にパパ活なるものがあることを知らんのか、こいつは。俺がこずえにお金をあげているように思われるじゃないか。


「遅れてごめーん!」


 慌ただしく現れたのは八神だった。


「愛守さん、こんにちは」


 ホッとしたような顔で挨拶をするこずえ。俺も、八神の登場に少し安心していた。


「待っててくれたんだね。ごめんごめん。さあ、食べよう」


 俺と優の口論はそこで自然に打ち切られ、八神に仕切られるまま、俺たちは昼飯を食べ始めた。

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