第20話 天使の写真②
食事の後も駄弁っていると、あっという間に一時間ほど経過した。そろそろ、こずえの習いごとの時間も近そうだ。
そう思っていると、こずえがスマホで時間を確認しだした。
「あ、そろそろ帰ります」
「習いごとだな。そういえば、何の習いごとなんだ?」
「ピアノですよ」
なるほど。らしいと思った。
「じゃあ私たちも出る?」
「いえいえ、お気遣いなく」
こずえが両手を前に出して俺たちを制するように言う。優の話の途中だったから、腰を折らないように気を遣ったのだろう。
こずえの家はここから近く、短い信号を三つ渡るだけで着く。まだ昼だし、今日は送っていく必要もなさそうだ。一番警戒すべきなやつもここにいるしな。
「それではお先に失礼します。今日もありが――」
こずえがいつものやつを言おうとしていると察し、俺はわかりやすく何度も首を横に振った。こずえは理解したようで、途中で言うのをやめる。
「じゃあ、また月曜日ねー」
「あ、はい。また月曜日に」
八神と優が大げさに手を振る。俺と勇美も控えめに手を振ってやると、こずえは照れ臭そうに手を振り、背を向ける。そのまま階段まで行くと、振り返ってもう一度手を振り、階段を下っていった。
「ああ……かわいい」
「あれは天使だなー」
八神と優がこずえに萌えている。こいつらは、こずえの一挙手一投足に敏感に反応するらしい。
「お前らは、もうちょっと欲望を抑えられんのか?」
「ちゃんと抑えてるもん。それより、虎太くんってば見せつけてくれるよね」
八神はちょっと怒りのこもった、嫌みったらしい言い方をする。
「……なんだよ?」
「アイコンタクトしたり、さっきは何か言うのやめさせたり、こずえちゃんと裏でしっかり繋がってるみたい」
そう言う八神から窺える感情は、嫉妬である。なんで俺がこずえを気にかけてると思ってるんだ。まったく、人の気も知らないで。
「でも、まさか虎太がこんなにこずえちゃんにお熱になるとは思わなかったなー。ロリコ――」
「殺すぞ」
「……ひ、人に殺すとか言ったらダメなんだぞ」
「お前にいじられるのだけは許さんからな」
「なんであたしにだけそんなに厳しいんだよ!」
なんでもなにも、腹が立つからに決まってるではないか。
俺がこずえにお熱、か。そんな風に見られるのはある程度仕方ないものの、ロリコン扱いされてはたまらない。こいつらには八神の本性について言っておくべきだったか。
「でも、確かに意外だったよね」
「なんだ? 久しぶりにしゃべったと思ったら」
口を開いたのは勇美だった。八神と優がうるさいものだから、勇美が発言するだけで驚いてしまう。
「ちょくちょく相づちは打ってたつもりなんだけどね……じゃなくて、虎太はあんまり人と関わりたがらないから、こずえちゃんのフォローをしてる姿を見てると、ちょっとホッとするよ」
俺はムッとしてみせるが、言ってることはわからなくもない。俺はたしかに高校では人を避けていた。こいつらにもそう言っていたのだから、気にされるのも仕方なかった。
「俺は関わりたくて関わってるんじゃないけどな」
「良い機会だと思うよ」
勇美は包み込むような笑顔を見せる。こいつは俺のなんなんだ。先祖か守護霊か何かか。
「あ、そうだ。見てよ、さっきの写真」
八神が思い出したように言い、カメラを操作しだす。俺たちは身を乗り出し、中身を確認する。
「虎太、気になるんだ?」
「まあ、どんな感じに撮れてるかは気になる」
「やけに素直だな」
八神が初めてモデルの許可を得て、その熱意をぶつけられるんだ。その出来映えには興味がある。
「これとか最高だよ」
「おおー!!??」
歓声は優だが、俺も心の中では似たような声をあげていた。そこにいたのは、紛れもない――
「天使だ!」
そう、天使である。コスモスに囲まれるこずえは、アンニュイな表情で視線を落としている。多分、照れているのだが、それが良い感じに西洋絵画のような雰囲気を作っている。
「はぁー。今日は来た甲斐があったよ。もう、天使降臨だよ」
「これスマホの壁紙にできない?」
「縦長に加工しやすく撮ったのもあるから、それで作ってみようかな」
「やめてやれ」
知り合いのスマホに自分がいたら引くだろう。いくら良い写真でも、本人からしたらたまったものじゃない。
「売り物にできそう」
「それは絶対にやめろ」
ぼそっと呟く八神のせいで、俺はあの写真を思い出した。やはり、あれを売り物にしているかどうかだけは、しっかりと追及しなければならない。
「虎太くんでも、このこずえちゃんのかわいさはヤバいって思うよね?」
八神が訊く。意識するのも逆に気持ち悪くなりそうなので、俺は自然に答えることにした。
「よく撮れてると思う。子どもらしくも、大人っぽくも見える」
「お! さすが虎太くん、こずえちゃんの良さがわかってるね!
そうなの。他の子にはないこずえちゃんの魅力はそこなんだよね」
八神が嬉しそうに言うのを見ながら、俺は不思議とホッとしていた。変人八神が、俺と意見が一致するほど普通のことを言ったからだろうか。
「これ持ってこずえちゃん家を行こうよ。そしたらママとも会えるし」
「やめとけ。こういうのを喜ぶ人には見えなかった」
優の提案を、俺は反射的に否定してしまった。
「えー? 教育ママでも娘はかわいいって」
「おもしろがってると思われるかもしれないだろう? 一応、俺たちはこずえを預かってる立場なんだから、あまり変なことをしないほうがいい」
マイナスに振れる可能性が高いことをわざわざする必要はない。心配されるかもしれないのだ。
「まったく。惚れた女には慎重だなあ」
「死んでみるか?」
「だから口悪いって……」
俺が優に殺意を向けていると、やたら好奇な視線を向けてくるやつの存在に気づいた。八神だ。
「……なんだ?」
「虎太くん、偉いね」
八神はそう言って、まぶしいほどの笑顔をみせた。
「ちゃんとこずえちゃんのことで責任を持ってるんだもん。なんか嬉しくなっちゃった」
「……なんでお前が嬉しくなる?」
「ふふふ」
八神は質問には答えず、ただ笑うだけだった。俺は妙に恥ずかしくなり、視線をそらした。
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