第19話 天使の写真①

 勇美から到着の連絡を受けると、俺たちは植物園を出た。勇美とはモックで合流し、そこで昼食を取ることになった。


 実はモックが初めてだというこずえに、ファーストフード店の作法を教えながら、俺たちは二階にある六人がけのテーブルについた。


「こずえちゃん、モックが初めてなんて、やっぱりしっかりした家庭なんだね」


 八神が言う。確かに、ファーストフード店に来ない子どもとなると、上流家庭で大切に育てられているイメージだ。


「そんな、うちは母が厳しいだけで、普通だと思います」

「お母さん、やっぱり厳しいんだ?」

「教育ママなの?」


 八神と優がガツガツ攻める。俺と勇美はそれを横目に、黙々とチーズバーガーをほお張っていた。

 なんとなく、入学したてのころのこずえを思い出す状況だ。八神も優も、プライベートのこずえにテンションが上がりっぱなしのようだった。


「教育ママ……そういうものなのかもしれないですね」

「こずえちゃんかわいいし、お母さんも美人な気がする。どんな感じ?」


 優が欲望が具現化したような顔をして訊く。ここでは俺の脚も作動しないため、変な下ネタには拳で対応せねばなるまい。俺は静かに手を拭き、その時のために備えていた。


「わたしは普通ですよ……母とは似てると言われます。虎太さんはお母さんに会ったことがありますよ」


 こずえが言うと、二人は一斉にこちらへ向いた。こずえめ、言わなくてもいいことを。


「キレイだった?」


 優はキラキラした目をしながら尋ねる。こいつがこんな目をするのが、女についてのみなのが悲しくなってくる。

 こずえの母、か。俺は彼女の顔を思い出す。素直な印象を言葉にするのは容易だが、この場でそれを口にするのは抵抗がある。ここに娘がいるわけだからな。


「……まあ、そうだな」

「お? ……怪しいな」


 優がニヤリと笑う。


「どゆこと?」

「虎太は面食いで、女の見た目評価は三段階あるんだよ。『まあまあ』が上物。『普通』がそれなり。『どうだろう』がいまいち。キレイって評価は聞いたことがないんだよね。

 ちなみに、愛守ちゃんのことは前に『まあまあ』って言ってたよ」

「へー。光栄だねえ」


 八神がニヤニヤしながらこっちを見る。余計なことを言うな。それは八神の本性を知る前の評価だ。


「で、こずえちゃんママはキレイだったと。それは、『まあまあ』よりももっと上ってことだよな?」


 優が期待を込めた目をしながら言う。こずえをチラリと見ると、じっと俺の顔を見ていた。まったく。仮にそれなりだったとして、娘の前で『普通』となんて言えるわけないというのに、どうして正確な評価にこだわるんだ。


「…………」


 俺は無言で返すと、しゃべる気はないとばかりにポテトを二本ほど口の中に入れた。

 優は俺の意図を理解したらしく、一瞬ムッとした表情になる。すると、何かを思いついたらしく、自分のポテトをトレイ上の紙に一つ乗せた。


「……グラビアアイドル」


 何を言ってるんだこいつは。俺はポテトを見つめながら呆れる。

 しかし、その後すぐ、優の行動の意図に気づいた。


「人気モデル、人気アイドル、正統派女優、売れっ子女優」


 合計五本のポテトが優のトレイの上に並んでいる。これはつまり、こずえの母がどのポテトに属するのかという問いなのである。

 これは優の独断と偏見により、後に述べたものほどランクが上になっている。細かな基準こそあれ、売れっ子女優が最高ランクなのだろう。


 ふうとため息をつく。乗り気ではないものの、言葉にしないだけ抵抗がないのも事実だ。

 俺は黙ったまま、売れっ子女優のポテトを手に取り、そのまま口に運んだ。


「おお!!??」


 優が一人盛り上がる。


「売れっ子女優?」

「虎太がこんな評価するってことは、相当な美人だよ。こずえちゃん、ぜひお母様と会わせてください」

「ええと……」


 優がこずえに頭を下げる。こずえは見るからに困惑しているようだった。


「優みたいな雑なやつを見ると怒りそうなほど、ちゃんとした人だったぞ」

「えー。いや、でも怒られるのもいっか」

「なんでだよ」


 さっき八神がこずえの怒った顔を嬉しそうに撮影していた姿が頭によぎる。欲に支配された変人に共通する思考なのだろうか。犯罪者指数の高そうなやつらだ。


「私もこずえちゃんのお母さんに会ってみたいなあ。虎太くんはなに、お母さんにあいさつに行ったの? 娘さんをくださいって」


 八神が言うと、ジュースを飲んでいたこずえがむせ始めた。コホッ、というかわいらしい咳が何度も続く。


「違う。帰り道に会っただけだ」

「そ、そうです。お世話になっているかたとして紹介しました」


 八神は冗談で言っただけだが、こずえの焦りかたを見ると、本当は八神の言うとおりみたいに聞こえそうだ。


「言ったらおもしろかったのにー」

「言うか。ただでさえ緊張するような相手だったのに、そんなこと冗談でも口にできん」


 八神がニヤニヤしながら言うと、俺はその時の様子を思い出していた。思えば、あんなに言葉に詰まる相手はなかなかいない。それほど、俺はこずえ母に動揺していたのだ。


「ふうーん。なるほどね」


 黙って聞いていた優が、人のいら立たせかたを極めたような、実に不愉快な顔をして呟いた。


「なんだよ?」

「虎太が緊張、ね。虎太、こずえちゃんのママがめっちゃ好みだったんだろ?」

「ええ!?」


 大きな声をあげたのは、もちろんこずえだった。


「……何言ってるんだ。まったく」

「いやいや、虎太のその反応は間違いない。そこまで本音を隠しきれない虎太は見たことないからな。ガチで限界以上に好みの相手が目の前に来たとき、人は大きく動揺するんだ」

「と、虎太さん?」


 こずえはまた怒ったような顔をしている。これは俺が女性の動揺していることへの嫉妬か、あるいは自分の母のことを話しているからなのか、その両方か。


「……勝手に言ってろ」


 これは事実上の敗北宣言である。これ以上しゃべると、余計に俺が不利になるのがわかったのだ。


「俄然気になってきたね!」

「こずえちゃんのママ、めっちゃ会いたい!」


 八神と優が盛り上がっている横で、こずえがじっと俺をにらんでいる。俺はそれを受け流すがごとく、食事に集中する。そのうち、またこずえが八神と優に巻き込まれるまで、俺はずっとにらまれたままだった。

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