第17話 コスモスの少女③

「おじゃまではありませんか?」

「だから、デートじゃない。こいつと二人は嫌だから大歓迎だ」

「そうそう。こずえちゃんと遊びたいし」


 優がもう一押しすると、こずえは俺たちを見回してから柔らかくほほ笑んだ。


「それでしたらぜひ。よろしくお願いします」


 こずえは大きく頭を下げる。毎度のことだが、気になる行為だ。


「こずえ。あまり俺たちにかしこまるな。前から思ってたが、お前は丁寧過ぎるところがある。年齢のことはあるだろうが、俺たちは目上じゃないんだから、もうちょっと崩してくれないか?」


 俺が言うと、こずえはきょとんとした顔になる。そんな変なことは言っていないのだが。


「同列なんだし、よろしくお願いしますは違うよな。タメでいいよ」


 優が加勢してくれる。ひょっとしたら、こいつはこずえが絡むとまともになってくれるのかもしれない。『星名こずえ青春プロジェクト』は、同時に『加東優更正プロジェクト』としても稼働するのである。


「まあ、親との会話を見てると、こずえは丁寧なほうが自然だってのもわかるけどな。でも、深々と頭を下げるのはもうやめてくれ。俺たちは部活仲間なんだ」

「それにあたしら友だちじゃん?」


 優は両手を小さく広げて言う。ポーズの意味はよくわからないが、距離を縮めようとしているのはよくわかった。


「あ、あの……正直、どうすればいいのかわからなくて」

「お前が自然体ならそれでいいんだ。俺たちといるときのお前は、一緒に楽しむことだけ考えていればいい」

「は、はい……」


 こずえはまだ悩んでいるようだ。まあ、こずえなりに普通にしてたつもりだったなら、悪いことをしたかもしれない。

 そのうちわかればそれでいい。優の言うとおり、同列になってほしいだけなのだ。


「こずえちゃん、習い事は何時から?」

「三時からです」

「あんまり遠くには行けないか。じゃあメシ食いに行こうよ?」

「あ、はい」


 優の積極的な提案に、こずえは考える間もなく首肯した。俺は昼飯を外で食べる予定はなかったが、まあたまにはいいだろう。


「勇美も呼ぼう。愛守ちゃんも来るかな?」


 八神も呼ぶのか。こずえのこともあるし、休日に顔を合わせたくない相手だ。


「八神は別にいいんじゃないか? 勇美だけ呼ぼう」

「声は掛けといたほうがいいでしょ? 愛守ちゃん、家近いから来てくれるかもしんないし」


 俺はこずえを見る。直接的に危害を加えてくるわけでもないが、わざわざリスクを冒すのも嫌だ。しかし、妨げる理由がなかなか思い付かない。


「わたしも、愛守さんが来てくれるとうれしいです」


 こずえは、俺がこずえの意見を訊くつもりで見てきたと解釈したらしい。これではもう止められそうにない。


「じゃあ愛守ちゃんも誘っちゃおう」


 優が手早く電話をかける。こうなれば仕方がない。俺の安らかな休日は、優に呼ばれた時点で終わっていたのだ。俺は今日も、八神からこずえを守る仕事をすることになってしまった。


 優が二人に連絡している間、俺はこずえに話しかける。少し気になることがあったのだ。


「母親は大丈夫なのか? 休日だし、メシを作って待ってるんじゃないか?」

「はい。今日は元々母が外出してるため、自分のお昼は外で買って帰る予定でした」

「そうか」


 どうやら、今日は母親が不在らしい。もはや一〇歳として扱われていないのだろうか。


「そういえば、こずえは父親と同居していないのか?」

「はい。父は海外で働いています」

「なるほどな」


 こずえから父親の話が出ないと思っていたが、そういうことだったか。

 きっと優秀なのだろう。こんな娘の生産元なわけだし、海外を飛び回るエリート会社員か、あるいは科学者か。どちらでも納得である。


 じゃあ、こずえの家は母娘二人暮らしなのか。こずえはあの寡黙そうな母親と、家でどんな会話をしているのだろうか。


「二人とも来るってさ」


 優がスマホを掲げながら言う。みんな暇なものだ。


「そうか。勇美は時間がかかるだろうし、もう少しこの辺を歩くか。入場料も払ったしな」

「入場料……」


 こずえはなぜか変なところに食いついた。その顔は少し悲しそうである。


「どうした?」

「私、ここに入るのに、お金を支払わなくていいと言われました。高校生なのに……」


 なるほど。こずえは小学生扱いされたのが不満なのだ。


「仕方ないだろう。頭脳は大人でも、見た目は子どもなんだから」

「名探偵じゃん」


 優がケラケラ笑う。それなのに、こずえは俺へ向けて口を尖らせる。


「それ、小学校の頃のクラスメイトにも言われました」

「まあ仕方がないんじゃないか? そのままだしな」

「虎太さん!」


 カシャッ。こずえが俺に怒りを向けた瞬間、どこからかシャッター音が聴こえた。そこには、息を切らした八神が居た。

 八神はデニムにティーシャツ、上には淡いピンクのカーディガンのようなものを羽織っている。秋というより春っぽいテーマを感じた。


「はあ、はあ……」

「あ、愛守さん。こんにちは」

「……来るの早くないか?」

「ダッシュで来たからね……」


 電話してから五分くらいしか経っていないんじゃないか。いくらなんでも、休日に呼び出された女子にしては早すぎるだろう。


「こずえちゃん、私服かわいいね」

「……ありがとうございます」


 こずえがあっけにとられていると、八神は再びシャッターを切った。やはり、こいつはこずえを撮りたいという熱意でこのスピードを実現したらしい。恐ろしいやつだ。


「愛守ちゃん、早いね。勇美がまだだから、ご飯はもうちょい待ってね」

「大丈夫大丈夫。どうせだから、何か撮りに行こうよ。ね、こずえちゃん」

「そうですね」


 来て早々、八神が主導権を握る。まあ、せっかく植物園内にいるのだから、撮影に向かうのは自然だが、結果的に部活動になってしまうのは解せない。

 しかし、この状況になってしまったからには、俺だけ先に帰るわけにもいかない。俺には八神からこずえを保護する責任があるのだ。 

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