第13話 名前で呼んで④
適当に撮影会が行われたあと、学校に戻り、そこで解散となった。校門で優と分かれ、駅前で勇美と分かれると、三人で長居公園へと舞い戻ることになった。八神も公園通過組だったのだ。
「この学校で徒歩三人は珍しくない?」
「そうだな」
生徒のほとんどが電車か、近いなら自転車なのに、徒歩組が三人も揃うのはかなりのレアケースだろう。薄暗くなった公園を、俺たちはこずえを真ん中にして歩いていた。
「こずえちゃん、家どっち?」
「私と沢渡さんは公園の向こう側です」
俺は違うが、ここで口は挟むまい。俺がわざわざこずえを送っていると八神に知られると、いらんことを言われるに決まっている。
「じゃあ私と逆だね」
ということは、こいつは俺と家が近いのか。
「どこ中なんだ?」
「私、卒業してからここに来たんだよ」
「お前の通学のために引っ越したのか?」
「私だけね。お祖母ちゃん家がこっちにあるの」
なるほど、それならまだわかるか。お祖母ちゃんとしても、孫が一緒に暮らせるのは嬉しいことだろう。
「二人は、昨日も一緒に帰ってたの?」
「あ、はい」
こずえは八神と俺の顔へ視線を往復させる。八神の勘繰りが気になるのだろう。
昨日、俺は八神が恐ろしくてこずえを送っていったわけだが、そのことはどちらにもばれたくない。面倒なことになった。
「家が近いからな」
「はい。そうなんです」
俺は嘘をついた。これで、俺はこいつらといる限り、常に遠回りしながら帰らなくてはならないわけだ。こずえと二人の時は仕方ないが、仮に八神と二人になったら面倒だった。
「良いなあ、虎太くん。それじゃあ、部活をする限り毎日こずえちゃんと一緒に帰れるじゃん」
そのほほ笑みに、からかいの色を見つけるのはたやすい。八神はこずえのことについて、俺を口撃し続けるのか。
ずっと耐えるのも面倒だ。俺から話題を振るか。
「そういえば、お前はなれなれしいな」
「ええ……いきなりなに?」
おっと、言い方にトゲがありすぎた。俺は一度咳払いを入れる。
「よく初対面から下の名前で呼ぶもんだと思っただけだ。今日だって、勇美と優にもそうしていた」
「えー。別によくない? むしろ、『さん』とか『ちゃん』とかつけずに呼び捨てにする、虎太くんのほうがよっぽどなれなれしいと思うよ?」
思わぬカウンターを受ける。言われてみれば、こっちもよっぽどである。
「俺は『さん』とか『ちゃん』をつけて人を呼ぶのが似合わない。だから嫌なんだ」
「嫌って……」
八神は、視線を俺のほうから後ろへ流す。そこには、俺たちの真ん中一歩後ろを歩くこずえの姿があった。
「……こずえちゃんはいいんだ。そういう生き物だからな」
「生き物て。ゆるキャラみたいな? わからなくもないけどさ。
そうだ、私も名前で呼んでよ。八神って呼ばれるの嫌だし」
「絶対に嫌だ」
「なんで? 優ちゃんのことは名前で呼ぶのに」
「お前の名前が愛守だからな。アイスクリームを食べたい時に不備が出る」
「……ぷっ! 何それ!」
八神が大爆笑する。真面目に言ってるつもりなんだが。
実際、アイスが食べたい、と言うと優がいらん下ネタに結びつけるに決まっている。俺は先んじて問題に対処しようとしてるだけなのだ。
「やっぱり虎太くん、変わってるわ! あははっ!」
だから、スタンダード日本代表に対して「変わってる」などと言うな。まったく、気に入らん。俺は歩く速度を上げた。
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