第12話 名前で呼んで③
四時過ぎの時間帯、公園は多くの部活動で使用されている。使っているのは長居高校ではなく、周辺の中学校の生徒たちだ。
この辺りに住んでいる人間は、幼いころから、何かと理由をつけてこの公園を走らされている。
目の前を母校の陸上部らしき女子たちが走り抜けていく。八神がそれを何の気なしにパシャッとカメラに納めている。
これはもう、昨日のと合わせてレッドカードではなかろうか。まあ、今ここでは何も言うまい。
競技場の前まで来ると、ラジオ体操の像、なる特に有名でもなんでもない謎の像を横目に、人の少ないほうへと進む。これは、昨日こずえと歩いた、植物園の前を通るルートだ。
「植物園に入るの?」
「ううん。お金かかるしねー」
八神は植物園には向かわず、ヤシのような木が中央にある広場から左手入り、公園中心部へ進む。この辺りは木々に囲まれ、森の中のようになっている。。
少し歩くと、藤棚のあるエリアに到着した。その周りに花壇があり、向こう側には、狭い範囲ながらも芝生が広がっている。
八神は藤棚の下のベンチの上に荷物を置いた。この花壇が被写体なのだろう。
「じゃあ、カメラの使い方を教えるから、順番に撮ってみよっか?」
「俺はいい」
「またそんなこと言って……」
八神が呆れたような顔で見る。まだ浅い付き合いなのだが、こいつはずっと昔からの友人のような距離感で接してくる。
「俺は、後でこずえちゃんに教わるさ。まずは二人に教えてやってくれ」
「ええっ!?」
こずえは顔を赤くする。八神はそれを見て楽しそうに笑う。
「まあ、それならいっか」
「いえ、あの、まだわたし……」
八神はこずえを笑顔で黙らせると、二人への指導に入った。こずえは俺の顔を見て硬直している。
「真剣に教わろうとしていないから安心しろ」
「え? あ、そうですか……」
そう言うと、それはそれで残念そうな顔をした。わかりやすい子だ。
「昨日はずっと学校で撮っていたのか?」
「はい。グラウンドを使用している部を回ってました」
俺は、こずえに普通に質問してみた。すると、彼女は大人のような落ち着いた返答をする。
普段は無口な彼女だが、質問には丁寧に返してくれる。答えやすい質問に答えることが、彼女が自然体になるスイッチなのかもしれない。
「何の部活に行ったんだ?」
「えっと、テニス部、サッカー部、陸上部、ですね。全て女子のほうだけでした」
たしか、サッカー部と陸上部は男女でそれぞれで部があるんだったか。そこそこちゃんとした部活ばかりだ。
「八神は変な写真とか撮ってなかったか?」
「変? 普通にスポーツ写真でした」
いやらしい写真を撮ってないかと疑ったのだが、こずえの前で堂々とそんなことはしないか。あるいは、高校生には興味がないかもしれない。
ふいに、シャッター音がしたので俺は正面を向く。そこには、スマホカメラをこちらに向けた八神が立っていた。
「撮るなよ」
「ああ、つい」
全て思惑どおり、みたいな笑顔を見せながら、何が「つい」だ。カメラを持っていない場合、こいつはスマホカメラまで使ってくるのか。
向こうでは、勇美たちが八神のカメラで撮影している。優が勇美を被写体にしようとしているし、あれはあれで止めてやったほうがいい気もするが、とりあえず放置しておく。
「こずえちゃん、虎太くんといると楽しそうだね」
「ええっ!? いえ、そんなこと……」
こずえが慌てると、八神はまたスマホで撮影する。
「お前は嫌な女だな」
「嫌な言い方! 私はこずえちゃんを応援したいだけだよ」
「応援……」
またいらんことを。こずえは何度も俺の顔と八神の顔へ視線を往復させた。
「八神ちゃーん」
「あ、はーい」
八神が優に呼ばれて去ると、ここには顔を赤くしたこずえと二人だけになる。気まずい。
「……と、虎太さん」
「どうした?」
「愛守さんって、屋上でのことを知っておられるのでしょうか?」
やっぱり、こずえはそこを気にしたか。実は見ていた、とは言えないが、俺が言ったと勘違いされるわけにもいかない。
「俺は言ってないぞ」
「そ、そうですか……」
だからこう言うしかなかった。こずえは俺を疑うだろうか。そのあとは、特に何も言ってこなかった。
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