第11話 名前で呼んで②

 次の日、用があるから先に行っておいてくれ、とこずえに伝え、部室へは時間差をつけて向かった。


 軽くノックをし、昨日と同じ返事を聞いてから扉を開く。奥に八神がおり、手前のこずえは首だけこちらへ向けた。


「お、ちゃんと来たねー。あれ、お友達?」

「こいつらも体験入部だ」


 俺の後ろにいたのは、勇美と優だった。


「こんにちは」

「ういっすー」

「こ、こんにちは……」


 二人の登場に、一番驚いているのはこずえだった。クラスメイトだし、無理もない。


「入部希望!? 二人も入れば部に昇格できるかも!」

「いや、俺が無理に連れてきただけだ。人が多いほうがいいと思ってな」

「そう? ってか、虎太くんって案外女々しいというか、友だちと一緒じゃなきゃ体験入部とかできないタイプ?」


 八神がバカにするような顔で言う。まったく、誰のせいでこうなったと思ってるんだ。


 俺が勇美と優を連れてきたのは、もちろん、こずえを八神の魔の手から守るためである。

 それは、こずえと八神を二人きりにさせないこともそうだが、俺が期待しているのは、優の存在だった。


 優のセクハラ対象は男女を問わない。前も八神に鼻の下を伸ばしていたし、面食いな優にとって、八神は格好の獲物……のはず。

 優がいらんことをして八神を困らせ、こずえを間接的に守る。これが俺の考えた作戦だった。


 ちなみに、勇美はついでだが、この際俺の心のオアシスになってもらおう。何となくこずえとも相性が良さそうだし、女子だけの空間にならないだけでもありがたい存在だった。


「都築勇美と加東優。普段から一緒にいるから連れてきただけだ」

「あたしらは、暇つぶしできるから来いって言われただけだよ」

「へえー。えっと、勇美ちゃんと、優くん?」


 八神はそれぞれ逆に指さす。そうなると思っていた。ややこしい二人なのだ。


「勇美っぽいほうが優で、優っぽいほうが勇美だ。逆で覚えろ」

「なるほど、逆ね」


 二人の顔を見比べながら、八神は口元に手を当てる。二人とも結構被写体としておもしろいと思うので、そういう形で興味を持ってもらうのも、こずえを守るのに都合がいいかもしれない。


「えっと、どういう活動をしてるの?」


 話を正しい方向に戻すことに定評のある勇美が、その重い口を開いた。


「もちろん写真を撮るんだけど……そうだ、今日はみんなで公園に行かない? こずえちゃんともさっき話してたの。やってみるのが一番だし」

「公園で撮るの?」

「そこで撮り方とか教えるし、今日はみんなで撮影体験しようよ。虎太くんも今日は来るでしょ?」


 視線が俺に集まる。一番視線に力があるのは、他ならぬこずえだった。

 今日もまた行かないと言うと、こずえは被害者のような顔をするだろう。八神のこともあるし、どのみち行くしかないか。


「……いいだろう。撮らんが、とりあえずついていこう」

「いや、撮りゃいいじゃん」

「嫌だ」

「そんなに写真に興味がないのに、なんであたしらを誘った……?」


 優が呆れるように言う。面倒なやつだ。


「俺はこずえちゃんの付き添いだからな。そんな俺の暇つぶしのためにお前らがいるんだから、お前らもただがむしゃらに暇つぶしをすればいい」

「別に、八神ちゃんやこずえちゃんもいるし、あたしらの暇つぶしにはそりゃ文句もないけど……」

「じゃあ何も言わず、やみくもに暇をつぶせ」


 なんだこいつ、という目を向ける優。普段はこっちが暇つぶしに付き合ってやってるんだから、ごちゃごちゃ言わずに乗ってくればいいのに。


「虎太くんって、黙ってれば普通なのに、こんなに変な人だったんだね」


 八神がそう言って笑う。俺は眉間にシワを寄せ、不服さを前面に出して八神を睨む。類いまれなるスタンダードを自負する俺になんてことを言うのか。


「そうそう。虎太、変人ホイホイなんだけど、結局本人も変人なんだよなー」

「変人ホイホイ?」

「変人とばかり仲良くなるから、中学の頃から変人ホイホイって呼ばれてたんだってさ」

「へー。おもしろいね」


 八神と優が笑いあう。今さら変人ホイホイを変人どもに笑い者にされるのはしゃくだが、こいつらが仲良くしてくれるなら都合がよかった。


「行くならさっさと行くぞ」

「あ、はい」


 扉付近にいた俺が率先して部屋の外へ出ていくと、こずえと勇美がすぐについてくる。八神と優も、その流れにあわせて出てきた。


「じゃあ、今日は公園で秋の風景の撮影といこー!」

「行きましょう!」


 八神のかけ声に、こずえだけ乗っかる。勇美と優はそんなこずえを見てもほほえましいとばかりに笑う。

 八神の変態性さえなければ、俺も一緒に笑えたのかもしれない。俺は一人、無言で先へ進んだ。

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