第二章

第10話 名前で呼んで①

 二人はその後すぐに戻ってきた。俺は、用事があるから今日はこのくらいで、と申し出て、本日の活動の打ち切りを提案した。


 部活がお開きになると、八神はまだ部室に残るということだったので、俺はこずえと二人で帰ることにした。同じ方向だし、自然な流れだった。


 道中、俺は八神の本性について口にすべきか悩んでいた。今の情報だけを伝えれば、こずえは恐ろしく思うだろう。トラウマになってしまえば、こずえはもう高校で良い思い出など残せない。


 同じ女性なのだから、八神がこずえの下着姿を見ること自体は問題ない。むしろ、その写真を俺が見てしまったことのほうが、こずえを傷つけてしまう。


 問題は更衣室での盗撮なわけだが、女が女を撮るだけなら、まだ注意のみで済むかもしれない。


 ただ、もしあれを誰かに売っていたとしたら、それはただでは済まない。学校を通して、八神を警察へつき出すことになってしまう。


 とりあえず、こずえには何も伝えないほうがいい。俺が一人で八神を糾弾し、その返答しだいで、学校なり警察なりに連絡するのだ。


 まったく、面倒なことになった。でも、俺が八神を紹介したのだ。こずえを八神から守る責任がある。結局、俺はまた変人と関わり、厄介事を抱えることになったのだった。


 噴水跡地を通りすぎ、公園の周回コースに差し掛かった。

 俺の家はこのままコースに沿って進むのだが、こずえの家は右手にある競技場の脇道を抜けるルートであり、俺の家とは公園を挟んで反対側にあるようだ。


 八神のことがあるので、俺は何も言わず、こずえを家まで送ることにした。


「沢渡さんもこっちなんですね。では、家が近いのかもしれませんね」

「そうだな」


 こずえは昨日よりもずっと楽しそうな表情をしている。俺と帰り道を共にしているのもそうだが、写真同好会の活動も楽しんでくれたらしい。

 こずえについては、俺の思惑どおりに元気になってくれたと思う。あの写真さえ見ていなければ、今日は良い日だった。


「わたし、写真同好会に入ろうと思います」

「……そうか」


 そうなればいいと思っていたのに、俺はこんな微妙な反応しか返せなかった。


「愛守さん、元気で明るくて素敵な人でした。たしかに、愛守さんと一緒にいれば変われると思います。愛守さんは顔が広くて、今日だけでも色んな部活の人と話されていました」

「変人だからな」

「ふふふ、悪いですよ。でも、だからこそ人を惹きつけるのかもしれませんね」


 前は、俺もそんな印象だった。でも、今やつの顔を思い出したところで、口だけ緩んで目が笑っていないような表情しか出てこない。あの笑顔に裏がある気がしてならないのだ。


「あのマンションです」


 長居公園を横切り、反対側の周回コースに出て少し歩くと、公園内からこずえの住居が見えた。比較的新しく、なかなか立派なマンションだった。


 公園から出て、外側の歩道を進む。ブレザーでちょうど良い、過ごしやすい秋の日。女子生徒と一緒に帰るのは、いかにも青春っぽいはずだが、こずえの年齢も含め、様々な要素によってそうはならなかった。


 こずえのマンションは道路の反対側にある。手前の横断歩道前に着くと、信号が青になっているにもかかわらず、こずえは体ごとこちらを向いた。


「今日は本当にありがとうございました」


 大きく頭を下げる。俺は罪悪感にさいなまれた。


「希望が持てた気がします。この高校で思い出が残せるように、今後もがんばっていこうと思います。

 そして……できれば、沢渡さんも一緒にいてくださると、わたしはうれしいです。沢渡さんといると……安心するので」

「……考えておく」


 こずえは柔らかくほほ笑み、再び頭を下げると、忙しく横断歩道を渡っていく。

 俺は歩道をまっすぐ進みながら、こずえを見送る。マンションに入る間際、こずえは再びこちらを見て、俺が見ていることを知ると、小さく手を振った。俺も軽く手をあげてやると、今度こそ中へと入っていった。


 家が逆方向なので、俺はこのまま公園を大回りし、家へと向かう。その道中で、明日からどうするかをじっくりと考えることにした。

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