第8話 八神愛守②
昨日も訪れた、写真同好会部室。同好会の部室は確かに違和感があるが、同好会室も気持ちが悪いので、呼称は部室がいいだろう。
中は細長く、壁に長いテーブルがくっ付けられており、壁沿いに封筒が今にも崩れそうなほど積まれている。これらには、恐らく写真が入っているのだろう。
机に向かっていたらしいこの部屋の主、八神が座りながら体ごとこちらへ向く。
「いらっしゃい」
「悪いな」
「いいよいいよ。むしろ望むところだよ」
昨日、俺は学校に戻り、部室の場所を聞き出し、八神に会いに行った。
特に理由も言わず、ただこずえの相手をしてやってほしいとだけ伝えると、八神は二つ返事で了承した。もちろん、そういう反応をしてくれるだろうと最初から思っていた。
「こ、こんにちは」
俺と八神のやり取りを見てから、こずえも八神に挨拶をする。
「こずえちゃんいらっしゃい! 待ってたよー」
八神が立ち上がってこずえの手を取り、ブンブンと上下させる。こずえは、やんちゃな子どもの相手をしているときのような困り笑いを浮かべた。
「私、こずえちゃんのファンなの! これからも仲良くしようね!」
「は、はい」
こずえが俺をチラチラと見てくる。多分、これからどうするのかと訊きたいのだろう。そもそも、俺は会わせたいとしか言っていなかったので、そうなるのも仕方ない。
でも、まずしばらくは交流してもらおう。俺は意味もなくうなづいて返し、こずえの救難信号を受け流した。
俺がこずえと八神を引き合わせようと思った理由。それは大きく二つあった。
一つは、八神が変人であることだ。
俺のセンサーにも反応し、周囲から浮いている。そして、何よりアクティブだ。こいつと一緒なら退屈しないだろうし、こずえの望む青春も見つけられると思った。
もう一つは、八神がこずえを溺愛していることである。
俺が仲人になる以上、こずえを適当に扱うやつを紹介するわけにはいかない。こずえのことが好きなら、こずえの悩みに親身になってくれるだろうし、危険なことはしないだろう。
屋上の稲妻の目撃者でもあるし、これこそが縁ではないか。八神こそ、こずえを導いてくれる気がしたのだ。
二人の交流は、八神がこずえに一方的に話すだけにしかならなかった。
対応に困るこずえ。それを見ていると、正月の親戚の集まりで、おばさんたちに必要以上に絡まれ困っていたいとこの娘さんを思い出した。そろそろ助け船を出してやるか。
「八神、同好会はどんな活動してるんだ?」
「ん? ご想像のとおり、写真を撮る活動だよ」
何をわかりきったことを、とばかりに言う。まあそうだろう。
「普段はどんな写真を撮ってるんだ?」
「えっとね、自分が良いって思う写真が基本だけど、他の部に撮影を頼まれることもあれば、コンクール用にテーマの写真を撮りにいったりするよ」
八神はこずえから手を離し、俺に説明してくれた。これで目的は果たしているが、せっかくなので質問を続ける。
「他の部員は?」
「同好会設立用に名前だけ貸してくれてる子が二人いるけど、活動は私だけかな」
「お前が設立したのか? 一年なのに?」
「むしろ一年だからって気もするけど。
なに、虎太くんったらそんな質問攻めしちゃって、本当は虎太くんが写真同好会に興味あったの?」
おっと、これだと俺が写真に興味津々みたいだったか。
「いや、なんにも。質問魔と言われることがあるんだ。悪いな」
「へえー。だって、こずえちゃん」
「え? あ、そんなんですね」
なんの「だって」だ。こずえが変に深読みしそうだし、あんまり妙な振り方をしないでもらいたいものだ。実際、こずえは少しもじもじしている。
「……あ、あの」
「どうした?」
「お二人はどういったご関係なのでしょうか?」
関係、と言われても、俺と八神はついこの間初めて話したばかりだった。しかし、そんなやつのところに連れてくるのもおかしいので、そこはやんわりと流しておこう。
「知り合いだ」
「知り合いって。せめて、友達くらいでよくない?」
「じゃあ、まあそれでいい。浅い関係だ」
「そ、そうですか……」
こずえはまだ不審そうにしている。何が引っ掛かるんだか。
「あー、なるほど。安心して。そういう関係じゃないから」
「え? あ、あの! そういうことをお聞きしたかったのではなく!」
八神が何かに気づいて言うと、こずえは途端に慌て出した。その姿を見て、俺にも何が言いたいのかわかってきた。
でも、俺は何も言わないほうがいいだろう。八神も、目撃されていたことは伏せておきたいし、あまり余計なことは言わないでもらいたいところだが。
「えっと、沢渡さんは、わたしが写真同好会に入ればいいと思っていらっしゃるのでしょうか?」
今のやり取りをなかったことにしようかとばかりに、こずえは本題へと誘導してきた。
「そういうわけじゃないが、もしかして、部活も親に止められてるのか?」
「いえ。ただ、写真に興味のあるほうではないので」
当然の反応だった。まあ、そこは大事なところではない。
「まあ、入部についてはどうでもいいさ。俺は、こずえちゃんがもっと人と関わることが重要だと思っている」
入部はそこまで期待していなかった。こずえが部活に消極的なのはわかっていたし、ハードルが高いだろう。
「関わる、ですか……」
「ああ。特に、八神のように人から注目を集めるほど熱心に活動しているやつとな」
俺が言うと、こずえと八神が視線を交えた。そして、二人同時に俺を見る。
「ご迷惑ではないでしょうか? わたしの勝手な理由で、八神さんの同好会にお世話になるというのは」
「八神、それはどうだ?」
俺は、返事がわかりきっていることを訊く。
「私はどんな理由であれ、こずえちゃんと関われるのなら大歓迎だけど」
「ということだ。こいつに遠慮なんていらないさ」
そう言い切ると、なぜか八神は、露骨に不満そうな表情をみせた。
「そうだけど、虎太くんが言うのはちがくない?」
ごもっともである。
「でも、八神ならこずえちゃんがここで何をしてても嬉しいんじゃないのか?」
「まあそうですけどー」
「じゃあ、やっぱりお前がふさわしいんだよ。こずえちゃんを導く役割は」
「導く?」
八神が首をかしげる。当然の疑問だが、これは俺から言うことじゃないだろう。
「こずえちゃんに、もう少し高校生らしい活動をさせてやってくれたらいいんだ」
「高校生らしい? ……ああ、そうなんだ」
俺が適当に省略して言うと、八神は、なぜか自分なりの解釈を持って納得してくれた。よくわからないが、まあいいだろう。
「こずえちゃんはどうだ? 騙されたと思って、試してみないか?」
こずえは一瞬ギュッと唇を結んで悩んだものの、すぐに柔らかい笑顔をみせた。
「沢渡さんが提案してくださったので、そうしたいです。八神さんが良いなら、同好会に入ってみようと思います」
「やったー!」
八神が両手を上げて喜ぶと、こずえは恥ずかしそうに笑う。
俺は、こずえが八神にくっついて学校を回る姿を想像する。それはほほ笑ましい、まるで姉妹のようだった。これで、こずえは変われるのではないだろうか。
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