第2話 本物の力

 突然現れた、俺の書いた小説の信長。そのあまりに不思議な展開に、頭がついていかない。


「なんで……?」

「ここは精神世界みたいなものだからな。強い意思を持って作られたキャラクターは、この世界では存在することができるのだ」


 そうなのか。精神世界ってすげえ。


 そこまで言うと、俺の信長は、本物の信長へと向き直る。


「お主がワシのオリジナルか。本来なら敬意をはらいたいところだが、作者どのが殺されるとあってはそうも言ってられんな。こやつに手を出すと言うのなら、ワシを倒してからにするんだな」


 俺の信長は、どうやら本物の信長に戦いを挑むようだ。自分の作ったキャラが、体を張って守ってくれる。こんな時だというのに、なんだか感動してしまう。


 だが、本物の信長は不敵に笑う。


「ほう、お主のような偽者がワシに挑むとは面白い。本物の力、思い知らせてくれるわ」


 対峙する二人の信長。一瞬の間をおき、先に動いたのは、俺の信長の方だった。


「くらえ、チート能力!」


 そうだ。俺の信長は、ただの信長じゃない。チート能力を持っているんだ。

 それを使えば、同じ信長相手にだって勝てるはず。そう思った。

 だが──


「そんなもの、ワシにきくかーっ!」


 本物の信長が手をかざしたとたん、そこから衝撃波が放たれた。その直撃を受け、ぶっ飛ぶ俺の信長。


「バカな、ワシのチート能力が!?」


 驚愕する俺の信長。驚いたのは俺だって同じだ。だってこのチート能力、なんかもう物凄くて、普通なら絶対に負けるはずがないのだ。

 だが、本物の信長は言う。


「どれだけ設定を盛ろうと、所詮は架空のもの。本物の信長に通じるはずがないだろう」

「あの、それじゃあ、あなたがさっき放った衝撃波はどうなるんですか? 本物の信長が衝撃波を使うなんて話は聞いたことがないのですが……」

「本物が新たに使えるようになった能力ということでセーフだ」

「そんな……」


 どういうルールかはわからないが、とにかくそういうことらしい。


「さすがは本物のワシ。これは、簡単にはいかぬようだな」


 チート能力が敗れても、俺の信長はまだ戦うつもりだ。再び刀を握り、本物の信長に立ち向かっていく。


 しかし、その結果はあまりにも無惨だった。





「ぐわっ!」


 吹っ飛ばされたのは、これで何度目だろう。戦いは、あまりにも一方的だった。

 いや、もはやこれを戦いと言っていいのかもわからない。俺の信長が、本物の信長に延々とやられているだけの、なぶり殺しだ。


「こんなものか。やはり偽者。本物のワシに敵うわけがない」

「くっ。まだまだ……」


 またも立ち上がろうとする、俺の信長。だがどんどんボロボロになっていくのを見て、とうとう俺が耐えられなくなった。


「もうやめてくれ!」


 気がつけば、俺はボロボロと涙を流していた。


「俺、もう書くのをやめるよ。だから見逃してくれ、頼む!」

「ほう……」


 書くのをやめる。それは俺にとって、あまりに辛い選択だ。だがそれ以上に、自分の作ったキャラクターがこんな形で傷つくのを見たくはなかった。

 なんとか見逃してくれるよう、頭を下げて懇願する。


 だがそこで、俺の信長が言った。


「我が作者よ。悲しいことを言ってくれるな。書くのをやめる。ワシら小説のキャラクターにとっては、それこそ死に等しいことだぞ」


 俺の信長は、少しだけ悲しそうな表情を見せ、だがそれから、ふっと笑った。


「だいたい、まだ終わってはおらん。お主の書いた信長は、このような危機で諦めるような奴だったか?」

「それは……」


 そうだ。いくらチート能力を持っていても、この信長には何度もピンチが訪れた。だがどれだけの危機が迫ろうと、諦めたことは一度もない。


「信じてみろ。お主の作った、この織田信長をな!」

「信長……」


 また一滴、涙がこぼれる。だかそれは、決して悲しみの涙じゃなかった。


 信長が諦めないのは、この状況でも同じだった。たとえどんなに絶対的でも、決して心折れない。それが、織田信長だ。

 そんなキャラを作れたことを、俺は誇りに思う。


 だがそこに、本物の信長から、容赦ない言葉がかけられる。


「ほう。偽者とはいえワシの名を名乗るだけあって、なかなか骨があるようだな。だが、それでワシに勝てるかは別問題だ。次でとどめを刺してくれる」


 本物の信長が再び手をかざし、今までで最大級の衝撃波が俺達を襲う。


 もはやこれまでか。だが、そう思ったその時、俺達の目の前に、突如何者かが現れた。


「こ、これは、さっき俺の信長が現れた時と全く同じパターン!?」


 違うのは、現れたのが一人ではなかったということだ。

 出現したのは、数十人単位の集団だった。


「多っ!」


 しかし、突如現れたこの集団、一人一人が、どこかで見覚えのあるような顔だ。

 いったいどこで? 一瞬考えるが、すぐにそれに気づく。そして、それと同時に驚愕する。


「こいつら、全員信長だ」


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