織田信長をモチーフとしたコンテンツが多すぎて、信長本人の亡霊がブチ切れた⁉
無月兄
第1話 ワシはフリー素材か!
始まりは、自室でパソコンに向かい、小説を書いていた時だった。
大手小説投稿サイトに登録して早三年。今度ある大きなコンテストに向け、以前から暖めていたアイディアを、いよいよ形にする時がきた。
書こうとしている新作のタイトルは、『信長がチートスキルを授かったら、天下どころか世界征服も余裕かも?』。日本人なら誰もが知ってる戦国武将、織田信長とその活躍をモチーフとしたライトノベルだ。
織田信長を題材とした話なんて、世の中に溢れている。本当に、数えきれないくらい溢れていて、何番煎じになるかもわからない。しかしだからこそ、その流行に乗れたらヒットするのではと思ったわけだ。
まだ書いている途中だけど、面白くなってくれたらいいな。
そんな風に思っていると、ふとどこからか、声が聞こえてきた。
「…………しろ」
不意に耳に届いたその声に、思わずキーワードを打つ手がとまる。俺が独り暮らしでいるこの家に、もちろん他の人間なんているわけがない。気のせいかと思い、再び小説を書き始めようとすると、またも声が届いた。
「…………しろ」
間違いない。確かに、どこからか声が聞こえてくる。まさか、家の中に誰かいるのか?
恐くなった俺は、声がどこから聞こえてくるのかを、そして何と言っているのかを突き止めようと、耳をすませる。
だか、そんな必要はなかった。
「いい加減にしろーーーっ!!!」
今のように、微かに聞こえてきたものとは違う、耳をつんざくような怒号が響く。それと同時に、突如目の前の景色が歪み、何もない空間に、真っ黒な穴が空いた。
「な……なんだ!?」
それはまるで、マンガとかに出てく時空の裂け目、もしくはワープホールといったものを連想させた。
なんだかよくわからないが、これはヤバい。そう本能が告げたが、遅かった。黒い穴はみるみるうちに大きくなっていき、あっという間に俺を飲み込んでいった。
「ここは……?」
気がつくと、俺は何もない空間にいた。いや、何もないと言うにはあまりにも異質だ。
周りでは青白い光がうねっていていて、ラノベでいうところの、時空の狭間的なものを連想させる。
いったいどうしてこんなところに。
わけがわからず戸惑っていると、突如目の前が光り輝き、一人の人物が姿を現した。
その姿を見て、俺は目を見開く。
「あ、あなたは、信長様!?」
そこにいたのは、織田信長だった。と言っても、俺が小説で書いている信長ではない。
歴史の教科書で見る、正真正銘、本物の織田信長だ。
「ワシは、織田信長の霊。そしてここは、精神世界みたいなものだ」
やはりそうか。どういう理屈でそんなことが起きているのかは知らないが、信長ものを書いている俺にとって、本人に会えるのはこの上ない喜びだ。
「俺、あなたをモチーフにした小説を書いているんです。会えて光栄です!」
感激しながら挨拶をする。しかしその瞬間、信長の表情が鬼のような形相へと変わった。
「黙れーっ!」
「ひぃぃぃっ!」
怒りを込め、一喝する信長。さすがに迫力がものすごく、ガタガタと震える。
だが、いったどうして怒られなくてはならないのか。
「貴様の書いているラノベ、ワシがチートスキルとやらで無双する話らしいな」
「は、はい。それが何か?」
「人の人生を捏造するんじゃなーい! 本当のワシは、チートスキルなんぞ持っておらん!」
「えぇぇぇっ!?」
どうやら信長は、勝手におかしな設定を付け加えられたのが不満らしい。
だが、それには俺も言い分があった。
「で、ですが、このくらい設定を盛った作品なんて、いくらでもありますよ」
今や、信長を題材とした作品は数えきれないくらい溢れていて、その中にはもっとハチャメチャな設定も珍しくない。なのに自分の作品だけが文句を言われるなんて理不尽だ。
そう思ったが、そこで信長は大きく頷いた。
「ああ、その通りだ。今やありとあらゆるメディアで、ワシは好き勝手使われている。異能力をもっていたり、現代からタイムスリップした高校生が信長になったり、職業になったり、美少女になったり、美少女になったり、美少女になったり……みんな好き勝手に人を使いすぎなんだよ! ワシはフリー素材か! 特に、美少女化しすぎだ!」
美少女化については、俺も薄々思っていた。信長が女性的だったなんて逸話は聞いたことがないのに、なぜか女の子として書かれることが多いのだ。
「ちなみに美少女化については、あの世で出会った源義経や沖田総司、あとアーサー王もぼやいていた。レジェンドである三蔵法師は、『もうどうにでもなりがれ』と、諦めたようにしていたがな」
あの世では、偉人達がそんなことを話しているのか。知りたくなかった事実だ。
「仮面ライダーシリーズなんて、十年足らずの間に四人も別設定の信長が出てきたぞ。もはや準レギュラーと言っても過言じゃない!」
さすがにそれは過言だと思うが、信長の怒りはだいたい理解できた。巷に信長ものの作品が溢れている中、まさか本人がこれほど怒っていたとは。
ひとしきり怒鳴っても、信長の怒りはまだ収まらない。震えあがる俺に向かって、信長は言い放つ。
「そこで、ワシは考えた。世の中にはびこる信長もののコンテンツ。その作者を一人残らずぶちのめし、全ての信長ものをオワコンにしてやる。ちなみに、お前がその第一号だ」
「ぶ、ぶちのめすって、いったい何をするつもりなんですか?」
「決まっているだろ。~鳴かぬなら、殺してしまえ、ホトトギス~」
「!?」
冗談じゃない! 確かに、好き勝手使われて嫌だという彼の不満はわからなくもない。しかしだからといって、殺されるなんてまっぴらだ。
「だいたい、なんで俺が第一号なんですか。信長もの書いてるのなんて、もっと他にたくさんいるでしょ」
「たまたまだ。運が悪かったな」
「そんな……」
泣きそうになる俺の前で、信長は腰に刺していた刀を抜く。
ああ、俺の人生これで終わるんだ。人間五十年なんて言うくらいだから、せめてそこまでは生きていたかった。
しかしその時だ。刀を振り上げた信長の目の前に、突如何者かが現れた。
「きさま、何奴!?」
それは、鎧に身を包んだ若い男だった。男は、俺を庇うように信長の前に立ち塞がる。
そして、そんな彼は、俺のよく知る人物だった。
「お前は、信長?」
俺を守ろうとしてくれているのは、織田信長だ。と言っても、さっきから喋っていた信長じゃない。
そいつは、俺の書いた小説、『信長がチートスキルを授かったら、天下どころか世界征服も余裕かも?』の主人公の信長だった。
「よう、作者どの。助けに来たぞ」
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