第11話 / 吐き出した淀みの重さ

 学校に着いた。

かれこれ二か月ぶりの登校といったところ。

まだここが自分の学び舎なんだって実感を持てないでいるのも無理はないだろう。

母親はもう職員室にいるらしい。

学校に来る途中にメールが送られてきていた。

 当然間取りを覚えられている訳もなく、四苦八苦しながら目的地を目指す。

係員さんに道を聞いて、十分間構内を彷徨った末にようやくたどり着くことができた。


「失礼します、文学学科一年、保院ほいん聖弥です」


「あー、君か。待っていたよ。さぁ、こちらへ」


 要件を言う前に、先生が笑顔で迎え入れてくれた。

その笑顔が怖い。

案内された場所へ行くと、そこには眉間にしわを寄せた母親と、澄ました顔を見せる女性が向かい合って座っていた。

見るからに険悪なムードで、オレがやったことの大きさをここでも実感することとなった。


「では、聖弥さん、こちらに座ってください」


促されるままに、オレは母親の隣に腰を下ろした。



 話は予想通り、『宇宙人』イジリについてのことだった。

もうすでにオレの名前はバレていたらしい。

心配してたってことが、実にアホらしく感じる。

匿名で声を上げた六人の男子学生たちがいたようだ。

それを聞くだけで、もう誰がオレのことをバラしたか分かった気がした。

もう終わった話だし、オレが悪いことをしたって事実は変わらないのだから、しかと受け止めることにしよう。


「この度は息子が道徳心に欠ける行動によって娘さんを不快にさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。今後はこういったことがないように……」


「あー、もうそういうのいいですから。それに何も私の娘だけが悪い思いをした訳ではありませんよ? ほら、これらを見てください」


 母親の必死の弁明を遮って、何やらスマホの画面を見せてくる、『宇宙人』の母親。

そこには、『せいせい 不快』と検索されて示された多くの人たちの意見が表示されていた。


『せいせいってやつマジで不快だよね。あーゆーのが社会のゴミとして今後目立っていくと思うんだよね~』


『ご唱和ください! せいせい、不快! せいせい、不快! せいせい、不快!』


『せいせいくんって何者? いつも人をおちょくってさ、じゃあ君には何一つ劣っていることがないってこと? ほんと不快!』


 オレの心を傷つける内容が、沢山沢山並んでいた。

オレの知り合いも何人か見受けられて、開いた口が塞がらない。

その中には、指定した時間に一斉に『せいせい』のフォローを解除しようと呼びかけている人もいた。

中心になって呼びかけているのが、オレのさっき縁を切られたトモダチだったことにもすぐに気が付いた。

 スマホがカバンに帰っていった時には、画面の方に顔を向けられていなかった。

目線は机よりも下、太腿を凝視していた。

そこに何かあるかのように、ただ見つめることしかできなかった。

そのまま、謝る流れになって、小さな小さな声で「ごめんなさい」と口にした。

聞こえなかったようで、反応が返ってこない。

目頭が熱くなってきて、湿っぽい吐息が漏れ始める。


「ごめんなさい。……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ごめん……なさい…………」


 ずっと声は震えていて、か細く紡ぎだされる音のように感じる。

最後は絞り出すように、呟かれた。

いつもより何倍も空気の入った声に、母親が嗚咽を漏らした。

 小さく貧乏揺すりをしていた『宇宙人』の母親は、居心地が悪くなったとばかりに立ち上がって、その場を去った。

耳には声にならない音階がひっきりなしに鳴り響いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る