第10話 / 海藻は掌のように見えた

 仲間は芋づる式に増えていって、オレのグループチャットの人数は百人を超えた。

日々片手の指以上の人が入ってくるから、もうグループ内に誰が入ってきているのか把握できていない。

次第にその中でもお気に入りのメンバーができ始めていった。

彼らだけと話すため、新たなグループを作成し、会話を始めた。

最初、メインはオレの愚痴をメンバーが聞くことだけだったが、時間が経つに従って週一で皆で意見を言い合う会議を開くようにまでなっていった。

それもそれで盛り上がることも多く、楽しい日々が過ぎていった。



 ある日、いつもは『せいせい』という名前しか使わないのに、気が抜けて本名をぽろっと言ってしまった。

小さな声だったし、そもそも咄嗟にミュートボタンも押したからきっと聞こえなかったはずだ。

よし、大丈夫。大丈夫だ。

そう自分に言い聞かせていると、別のグループにチャットが入ってきていた。


 これは――入学前に話していた、あのグループだ。


 入学式以来、全く動いていなかったのに、突然何を話しだすというのだろうか。


『おい、最近話題になってる『せいせい』ってやつ、聖弥のことだよな? だとしたらマジキモイよ、お前』


『いや、俺もずっと思ってたけど、ほんとやめな~(笑)』


『あ、そうそう俺たち別のグループ作ってあるけど、お前は入れないよ。だって、人の悪口言って、人気取ってるクソ野郎だもん(笑)』


『でも、思い出全部取っちまうってのも悪いからさ、せめてもの報いってことでこのグループだけ残してあげる(笑)』


『俺たちは抜けるから、一人で楽しんでな! 孤独な教祖様‼』


 次々と投下される悪口に何も言えなくなる。

ずっと欲しかった、認め合える友達。

やっとできた、初めてのトモダチだった。

そう、『だった』。オレに何かを言える資格はない。

オレのしたことは、妄信的な信者をつくる反面、絶対的なアンチをつくる行為なんだ。

退会の二文字が二個三個と視界に入る。


 退会。退会。退会。

六人分流れた時、なぜか表示が止まった。


 あと残っているのは…………らっくーだけかよ。


 あいつはさっきオレを責め立ててこなかった。

いつもお調子者で、おやじギャグばっかり言ってたあいつ。

人の悪口を言ってる奴なんて、どう言われようと仕方ないだろうになぜ何も言ってこないんだ。

そこで一つの仮説が頭を過ぎる。


 まさか――まだオレのことを信じてくれてるって言うのか。


 オレは心に熱がこもるのを感じた。

もう忘れてしまったと感じていた、この温もり。

オレは今すぐらっくーに会いたくなった。

そう思ったら、一瞬で個人チャットの方に飛び、短くメッセージを打つ。


『らっくーと会いたい。学校に来てくれない?』


 何の断りもいれていない、何なら三か月ぶりくらいのチャットだ。

これで来るかどうかなんてわからない。オレには信じるしかなかった。

信じて、今から学校に行く準備をするだけしかなかった。

 がしかし、クローゼットを開けて服を吟味し始めた途端、携帯からけたたましい着信音が鳴り始めた。

らっくーからの連絡かと思って、即座に携帯に駆け寄ると珍しく母親からの着信だった。

何のためらいもなく、通話開始のボタンを押すと、母親の低く、鋭い声が耳に飛び込んできた。


『聖弥、あなたとりあえず学校に来なさい』


 それだけ伝えて、プツリと通話を切ってきた。

これだけで、全てを悟った。

 母親が、いつもはしない電話を怒りながらかけてきて、ただ『学校に来い』とだけ告げてきた。

オレはごくりと周囲の空気を震わせるように唾を飲み込んで出かける用意を進めた。

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