第6話 / 抜錨は一瞬の煌めきだった

 三日経った。相も変わらずリモート三昧。

だが、今日の授業は一味違うらしい。


 ――音声によるグループワークの実施。


 てっきり先生が一方的に話すだけの授業しかないのかと思っていた。

それで、がっかりしていたということもある。

もちろんそれ以前に対面のみが正義というロジックがガッチリ構築されていたから、そんなことでは対面への渇望が消えることはなかったが。

 しかし、これは少し予想外で緊張も隠せなかった。

それもそのはず、入学前のグループチャットでは通話を一回もしたことがなかったからだ。

やろうという話は何回か出ていたのだが、誰かしらが参加できなくなることが多発し対面までお預けしようということになっていた。


 ――通話するなら八人全員でしよう。


 この誓いがあったからこそ、入学式に他の誰かを誘わなかったともいえる。

それだけこの人たちとのつながりに、心を預けていた。


 ヤバい。


 知識はあるけど、圧倒的に経験がない。足りない。

これまで人とまともに喋ったことなんてなかった。

喋ろうともしてこなかった。

ずっと人生のすべてをこの大学へ進学することに費やしてきたのだから、賭してきたのだから。


『じゃあ、この話題に対してグループで話し合ってくださいー』


 来た。もうどうにもならない。

逃げられないなら、やるしかないじゃないか。

入学前のあの頑張りを思い出せ。

誰かと話したい。仲良くなりたい。

気を置けない友達が欲しい。

両親みたいに、燃えるような恋がしてみたい。

オレだって、この人生で語れるような思い出をつくりたいんだ。

やる。やってやる。

オレは震える指で、グループセッション参加のボタンを押した。



 メンバーはオレを含めて四人。

大学のアカウントで授業に参加しているため、名前ではなく学籍番号でその人その人が表示されていた。

3341224・3331567・3343251……。

 これじゃ誰が誰だか全くわからない。

トモダチの誰かがいたら、ようやく話せると思ったのに残念だ。

少々時間がたったが、誰一人ミュートを外そうとしない。

意気込んだオレの熱気を、果てしない沈黙が連れ去っていった。

誰かミュートを外してほしい。

自分が先行して外したくはない。

オレが外しても、後に続く人がいなそうだからだ。

 というか、オレはこうやって話すのがハジメテで、舵の切り方に自信がない。

皆誰かしらと関わってきたはずだ。

オレから話させるなんてことさせないと信じたい。

 ……まさか皆緊張しているっていうのか。

延々と悩んでいると、忽然と先生がグループに飛び込んできた。


『皆さーん、ちゃんと話し合えてますかー?』


 終わった……。

観念してミュートを外そうとすると、いきなりイヤホンからごそごそと物音が聞こえてくる。


『あっ、センセ! 大丈夫ですよー』


 突如として解除されたミュートから、妙に馴れ馴れしく響いた女子の声。

理解が追い付かないオレを置いて、先生の問いかけに肯定を返した。

あー、そういうことか……。

姑息な手段で難を逃れようとしているが、先生に何か感付かれそうで心配だ。

今も状況に変化はなく、他のメンバーはミュートになっている。

傍から見れば、不自然な状態であることは明白だ。


『はーい! ありがとうございますぅー。みんな初めての人ばかりだと思うからこれを機に仲良くなってくださいねー』


『あっ、はーいっ!』


 先生は特に深掘ることなく、消えてしまった。

一応急を凌ぐことができたみたいだ。

一人解除したことで、他のメンバーも安心したらしく、どんどん耳元に皆の音が集まってくる。

そこで初めてオレらは会話した。


『こ、こんにちはー』


『あっ、どーもー。初めましてー』


『こんにちは! 緊張しちゃいますよね!』


『こんちはー、いやぁ、緊張めっちゃわかります!』


『ですよね! 初めてだと、先人切って話すの勇気がいります! 先生と話してくれた人、ありがとうございました!』


『あっ、いえいえ! ちょうど話し始めようかとしてたとこなんで……』


 相手の出方を見てからの初手の共感は、好印象だ。

動画で言っていたことは、間違いないかもしれない。

オレはこうやって様々な情報の答え合わせをしながら、メンバーと交流していった。

 オレらのグループは最後まで会話が途切れることなく、円満にセッションを終えることができた。

自分のやってきたことは正しかったって、そう証明された気がして少し嬉しかった。

会話術を試すのにかまけて、彼らの名前を聞き出すのを忘れていたことに、夜ベッドに入って気が付いた。

でも、その日はよく眠れた。

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