第5話 / 荒波は深海の味がした

 週を跨ぎ、とうとうオンライン授業が始まった。

いかんせん楽しくない。

ただ声を聴くだけだし、授業時間も長いからイヤホンで耳痛くなるし、パソコンの画面見続けることになるから目が疲れるし……。

なんかいいことが一つもない。

 やっぱり対面が正義だよな。

母も父も言っていたんだから、きっと確かだ。

耳についたピアスにそっと触れる。

 ピアスは、父が大学時代に付けていたものを譲り受けたものだった。


 ……そうだよな。


 そういえば高校の時、少しだけ受けたオンライン授業もつまらなかった。

だから、イヤホンを外して自分の勉強をがっつり進めていた。

 オンラインでの授業なんて意味ない。

聞いていてもいなくても、どっちも同じことだ。

ちゃんと皆に授業を受けてほしいなら、大学の教室で受けなければ意味などないんだ。

今週は初めての授業も多く、さらに疲れること請け合い。

これは二年に進学して、対面を受けるための試練だ。

毎日歯を食いしばって、オンライン授業に臨み続けた。

 夜ベッドに入っても、昼間受け続けた授業のせいか頭痛が止まず、眠るに眠れなかった。

無地の壁紙で覆われた、空虚な部屋。

その天井をずっと見つめることしか、オレにはできなかった。



 そういえば、大学生になって晴れて一人暮らしが始まったが、これも特にいいことはない。

この一人暮らしも両親の話を聞いて、かねてから挑戦してみたいことだった。

一人暮らしと言えば、何をやることも自由というイメージがある。

何時まで寝ていても怒られないし、食事も好きなものを好きなだけ食べられる。

 今までは毎朝早い時間に叩き起こされるのが当たり前であり、管理栄養士兼節約家な母によって食事が提供されていたので、オレの意見は尊重されなかった。

全部全部が悪くはないが、誰かの人生を押し付けられているみたいで嫌だった。

 だからこそ、人一倍一人暮らしは魅力的に見えていた。

やらざるを得なかった勉学も含めて人並みの自由がなかった分、これほど最高なことはないだろう。


 ……そう思っていたのに、現実は非情にもオレを甘やかしてはくれなかった。


 掃除、洗濯、片付け、買い出しなどなど、親のやっていたものを残らず全て自分でやらなければならない。

わかってはいたことだけど、実際にやるとなると結構大変だ。

あれをやったらこれ、これをやったら次はそれ、とやることに事欠かない。

忙しいってことは充実しているということだとか言う人いるけど、あんなのただの強がりでしかない。

虚勢を張っても、救われるのは一瞬だけだ。

すぐにやることに追われて、絶望する。

 何より辛いのは話し相手がいないこと。

一人暮らしを始めると、否が応でも親の有難みを思い知る。

どうでもいいことを口にしても、何かしらの反応がある。

言葉で表せば、たったそれだけのこと。

だがそれによって、人は前向きに生きることができる。



 はっきり言って、今のオレは生きた屍。

やることに追われて囚われて、息が詰まっている。


 苦しい。酸素ボンベなしの深海で、ただただオレは藻掻いているだけだ。


 この頃にはもう入学前に関わっていた人たちとはあまり喋らなくなっていた。

新生活が多忙を極め、自分のことで満員御礼になってしまった脳みそは、入学前関わっていたトモダチたちとの関係を希薄にしていったんだ。

らっくーの『来島の番号、3337169。南蛮好きなキミたちは何番?(笑)』という問いかけを最後に、パッタリと連絡が途絶えてしまった。

 オレもオンライン授業が始まってから、あまりスマホを弄っている暇がなくなっており、なぜここで止まっているのかわからなかった。

が、さして興味も持てず、そのまま放置していた。

自分から会話を始めることはただの一度もなかったので、それが終わりの合図となった。


 外出が憚れるご時世において、どこかに遊びに行こうなんていう話は自然に消滅していった。

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